■2023年3月1日(水)
■一日一文章トレーニング。

「風よ止まってくれ」

キター
キター
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 ̄ ̄| ̄ ̄ / ̄ ̄/    ̄ ̄ ̄ ̄
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のだ。

花粉の季節がやって来たーのだ。

春の陽気、生命の息吹を感じる暖かな気候なのに花粉症を発症する人たちにとっては地獄の門の入り口でもある。
そして、昨日は風が強かった。
花粉の季節は強風によってもたらされるのかもしれない。
強い風によって飛ばされた花粉は遠くまで飛ばされ街までやって来た。
マジで余計なことをしてくれる。
山で発生した花粉は山で消化して欲しいものでもある。
そして、強い風にのって空気中を漂う見えない花粉はガラス片のように私たちの肌に突刺さります。
目がゴロゴロ涙目で、鼻はムズムズとつまって息苦しい、肌はヒリヒリ敏感に、「くしゅん」と完全なる花粉症のアレルギー症状を発症する。
毎年毎年、もしかしたら、今年こそ花粉症の症状を軽減させているかもしれないとの淡い期待はすぐに裏切られる。
今年の花粉症の症状はいつもよりも酷いような予感もする。

山にはどれだけ多くの杉を植林したのだと想像してしまう。
花粉の飛散が終わった夏登山で杉山を歩いただけでも肌がヒリヒリすることを考えると無数の花粉が飛散する状況とは悪夢のようでもある。
真っすぐなスギな建材とは商業主義のなれの果てなのかもしれない。
曲がった食べ物や、見た目の悪いものを排除することの弊害は、私たち社会の根底にある根源的な問題かもしれない。(規格品の呪縛)
これは私自身にも思い当たる節がある。
スーパーで選ぶ食材はより見栄えの良いものを選んでしまう。
わざわざカタチの悪いものを手に取ることはない。
曲がり、うねる樹木はそのクセを見抜いて加工する必要がありますが、真っすぐな木材とは加工しやすいものです。
そのようなクセのある樹木を排除した結果が真っすぐな杉の山であり、ニーズばかりを見ていたら真っすぐな杉ばかりが量産されていた・・・みたいなことは日本に蔓延する風土にも似ています。
このような価値観は数年や数十年で変化するようなお話ではありません。
自然に生える樹齢千年のヒノキを使えば神社仏閣の建物は千年もつらしい。
宮大工はそれら木のクセや育った環境を見抜いて建物を作りますが、そのような技術を持つ人は一握りの人間です。
林業とは何十年何百年の歳月をかけた世代を跨ぐ大仕事だとすると、私たちが生まれる前の遠い昔から計画されてきた結果であります。
技術を必要としない分かりやすさ、経済性、お手軽さとは一般ピープルな私たちの為にあるものでもあります。
自然原木とは木材それぞれのクセがあっての木材な感じもして、個人的には真っすぐな素材としての木材を求めるならば合板に加工してしまえば良いのではないかと思うのですが、作る人によってはそうではないのかもしれません。

とりあえず、花粉症の季節がやって来てしんどい。
便利さを追い求めた結果がまわり回って、今年も花粉症の辛い季節となりました。

 
■2023年3月1日(水)
■真顔。
■2023年3月2日(木)
■一日一文章トレーニング。

「世の中には至極当然なことがたくさんある」

「春はあけぼの やうやう白くなるゆく窓際に めーイッパイのあかりを感じて
早起きして文章を入力する (清少納言風)」

清少納言とは少し変なペンネームでもある。
言葉を分解すると「清やかさの少ない言葉を収める」という意味にも読める。
これは自戒のような名前でもある。
「清多納言」であればインターネットという最新機器で良く見かけるような気もする。
「オレやったぜ、オレは書くぜ」みたいなノリとは異なり、平安の書き手とは如何にも日本的な感性の持ち主であるようにも感じる。
大体、言葉を紡ぐこと、文章を公衆面前に晒らすこととは常に恥と表裏一体なものと考えれば雑文御免m(__)mtみたいな気持ちになることは至極当然のことのように思える。

「べビスタ―カーブ」を作りました。

この数年間、日本の経済政策の柱の一つであったYCC。
そんなイールドカーブを使いべビースタ―を食べる時に親指と人差し指の一つまみ何個ぐらいのべビスタ―を掴むことができるのか?をグラフにまとめてみました。
決して、イールドカーブをバカにしている訳ではありません。
グラフにしてみると何か見えてくるものがあるのかもしれないとの実験です。
真面目に1べビースタ―、2べビースタ―と数えて記録。
これはべビースタ―を食べる行程を数値化した表現方法です。
私はニューディール政策(長期停滞論)ケインズの亡霊みたいなものはあまり好きではありません。
小さな政府、規制緩和にディマンド強化する、国が余計なことにしゃしゃり出ない政策の方が上手く回るような気もしますが、だからといって、当然何が正解なのかも知らないので全ての新しい取り組みを頑なに否定するような感じでもありません。
新しい取り組みには人一倍期待もするし、世の中、やってみないと結果はわからないものばかりなので、試行錯誤して軌道修正しながら何となく良くなっていくような感じも世の中の鉄則のような感じもします。

ということで。

ベビースターを数えYCC風に記録しました。
一枚、二枚、三本のベビースター屋敷の妖怪になってカリカリのちぢれ麺を数えます。
べビースターの一つまみにつまめる数とはランダム数であります。
多い時は56個掴めるが、少ない時には18個しか掴むことができないこともある。
一袋22gを食するのに12つまみぐらいで食べて、最後の方に残る13つまみ目の117個のベビースターはどれも小粒なので掴むのは大変です。
最後は袋ごと一気にザッザッと口の中に放り込む感じが一般的な食べ方だと思われます。
長いベビースタ―だと40mmぐらい。
短いベビースターは3mm程度。
それらを組み合わせて平均すると35〜40個ぐらいのベビースターを1つまみで掴むことが可能で、そのようなベビースターに加えてカタチの異なる柿の種とピーナッツが内包されているので、さらに一つまみの不安定度は高くなるとも言えます。

よって。

細くカタチも異なるお菓子を2本の指で掴んでいたならば、ぼろぼろとベビースターを落とすことは至極当然のことのように思えます。
普通に考えても数十個の細かいものを2本指で落とさずに支え移動しながら食べることは難しいことのように思えます。
ベビースターカーブで掴める数を落とさずにコントロールすることはたぶん、とても難易度は高い。
べビースタ―の一つまみで掴めるランダムグラフは山あり谷ありを作りながら、掴める数を変動させます。
ベビースターは食べることによって消費してカタチがなくなるものではありますので、株や債券などの売り買いで価値を保存するようなものとは異なります。
ですが、これらが何かしらの未来を表現しているのかと考えると、そのようにも見えるし、単なるお菓子の消費動向と見ればそのようにも見えます。
数値とは説得力はあるものでグラフとは何かしらの意味付けをする道具でもあります。
世の中とは平均的な幅を這いつくばりながら上下するものなのかもしれませんが、ベビースターカーブの最後の13回目の急伸な伸びは「祭りがキター」みたいな感じの美しい急カーブです。
ジェットコースターであればどんな急落下があるのかと恐怖することになるのかもしれませんが、ベビースターカーブの良いところは急伸で全てを食べ終えて急落がないことだとも言えます。
また、暇あればベービースターを数えましょう。
あっ暇ダース。

 
■2023年3月2日(木)
■昭和の猫画とは恐らく、このような感じだったと思う。
■2023年3月3日(金)
■一日一文章トレーニング。

「鍵をなくすと部屋は少しキレイになります」

昨晩のビュービューと吹く突風の音は怖かった。
凄まじい風の音。
物凄い数の花粉が風によって飛ばされたかもしれない。
寒暖差で生まれる大風とは季節の変わり目でもあると思うので春はすぐそこまで来ているのでしょう。
街を歩けば私以外に花粉症に苦しむ人はあまり見かけかったような気もします。
ノーマスクの薄着な感じで春の暖かな陽気を楽しむ人をたくさん見かけると、花粉症を発症させている人とは案外少数派なのかもしれません。
なので、時折、ムズムズ、クシュンする人を見かけると少し安心します。
午前中の花粉は少ないような気がしましたが、午後から徐々に風が吹き出してからは目はゴロゴロ、鼻はムズムズ感じでです。
「風が吹けば桶屋が儲かる」とは何かしらの連動性や波及効果を予感させる事柄ではありますが、この風は私に何かしらの恩恵を回してくれるのでしょうか。
この時期の風は花粉を飛ばして、噂話に「クシュン」とくしゃみをするだけなのかもしれません。

ところで。

昨日、自転車の鍵を持ったまま事務所に入ったら玄関で自転車の鍵がキーホルダーから外れて行方不明となりました。

「カチャン」

と何か物が落ちる音が聞こえたので、確かにこの場所に鍵は落ちたと思うのですがどこにも見当たりません。
知恵の輪のように外れにくい鍵がキーホルダーが自然と外れることも不思議なことであります。
とりあえず、一旦荷物を下ろし上着を脱いで、心を落ち着かせてから本格的な鍵の捜索作業を始めます。
暗がり部分はよく見えないので懐中電灯で照らしながら鍵を探しますが発見することはできません。
傘立てなどの目ぼしいものたちも移動させて探します。
バックの中身や上着のポケットの中も探します。
鍵のようなモノの落ちる音は確かに聞こえましたが、念の為、来た道も戻りて同じ行動をしながら鍵を探しますが鍵を発見することはできません。
以前、こんなこともありました。
自転車の鍵を持ったまま家のポストに溜まるゴミ広告を手に持って、帰宅後に家の中のゴミ箱にポイっと捨てるとゴミと一緒に自転車の鍵も捨てていました。
何だかボーっと生きているのです。
自転車の鍵はこの約1ヵ月以内にもうすでに1回紛失しています。
あと数個のスペアキーはあるので鍵を紛失しても大丈夫といえば大丈夫なのですがそういう問題でもありません。
鍵を探す作業ほどに無駄な時間はありません。
残る未捜索部分はコートハンガーではありますが目視で見たところ鍵はありませんが、仕方がないのでコートハンガーを動かして捜索することとします。
動かすには物を全部どかしてから動かさないといけないので最も面倒で触れたくないものでもあります。
棚をズリズリと動かすとストライプ状の木の隙間にキレイに収まった鍵をすぐに発見。
(良かった)良かったのですが、ほんの少しでも姿を見せてくれれば、こんな大事にはならなかったはずです。
コートハンガーを動かしたついでにホウキで床もキレイにお掃除。
怪我の光明とは言いませんが、定期的に床に飲み物をこぼしたりしながら拭き掃除することで部屋とは不可抗力でキレイになります。
こんな無駄な鍵な探しにもそれなりの良い面もあります。
頭の片隅で鍵が異次元に飛ばされていたらどうしようと思っていましたが、鍵は見つかって良かった。www

 
■2023年3月3日(金)
■令和の猫画はこんな感じなのかな?
■2023年3月4日(土)
■一日一文章トレーニング。

「50年後の未来について考えたら、50年前の過去ついても考えて、人生100年みたいな長いお話ですこすうんざり」

50年後の未来に万年筆は存在しているのでしょうか?
50年後といえば2073年。
たぶん、死んでいるかもしれないし、しぶとく生き長らえているかもしれない。
逃げ足としぶとさは人並み以上なので、こればっかりはよくわかりません。
ですが、夜寝たら”ぽっくり”と大往生だったというのが理想でもあるので人生100年は長すぎます。(偏った価値観かもしれない)
50年後の未来とは予測するにしては遠すぎます。
ですが、現状の万年筆の使用率を鑑みれば、万年筆の未来を予測することは難しくはない。
経済とは希少性も重要なウェイトであることを考えれば、どんどんと消えゆく小さくコレクション性の高い万年筆に新しい価値保存の呆則を見出されているかもしれません。
50年も経てば、ものとは何でも高額で珍しいものになることは普通なことであります。
なので、使う道具としての用途は終えているかもしれませんが投資アイテムになっているかもしれません?(知らんけど)

現状、このような文章を書くことでさえ400字詰め原稿用紙に万年筆を使って書くことは難易度の高いことである。
何枚も間違えて書き直して原稿用紙をくしゃくしゃに丸めて床に捨てている未来は見える。
そのような手書き文章を書けたとしても再びパソコンに入力してHPにアップするとなれば、さらなる二度手間でもある。
万年筆で書く、タイプ入力、デジタル入力、Ai入力でさえ、便利な新しい道具が生まれる度に使用者は文明の利器へと流れていくことは当然なことでもある。

未来の事柄を想像してみるならば、50年前の過去を振り返ってみよう。
今この瞬間を仮に高解像度な現実とするならば、50年前の1973年は低解像度で視界不良の粗い情報体でもある。
ネット情報によるとイスラエルとアラブ諸国との戦争の影響により第一次オイルショックが起こった年でもある。
アラブ産油国はイスラエルを支持する西側諸国への原油禁輸を決定して、原油価格は3か月間で約4倍に上昇、日本の物価も急上昇して高度経済成長も終了したみたい。
現代のウクライナ戦争に共通するような感じもしますが、こちらの方は長期戦でもある。
当時流行した映画からは何かしらの世相の断片を感じられるかもしれないと思い調べると1973年は「007死ぬのは奴らだ」がヒットした年でもあるようだ。
名前を聞いたことがありますが観たことがないのでストーリーは想像するしかありませんが、007以外の悪役がポチっと全員死亡する物語を予想できます。
「死ぬのは奴らで、俺ではない」なタイトルは敵対勢力との緊張ある世界情勢をビシバシ感じます。
1970年代は大変な変動期であったことは間違いない。
その他の映画は「ゲッターウェイ」何かから逃亡する映画でしょう。(たぶん)
逃亡とは最大の生存戦略でもあります。
「スケアクロウ」案山子の話?
騙し討ち?
「ベン・ハー」ベンがハーする?
人の名前なのでしょうか?
「仁義なき戦い」以前も妄想した映画のタイトルです。
全部、観たこともない???な争い事っぽいお話ばかりです。
ですが、それなりの時代感は伝わります。(今さら古い映画は観る気がおきませんが)
もちろん、パソコンはまだ誕生していないので、50年前の人々は今よりも万年筆を日常的に使っていたと思います。
常に筆記具を使い何かを記録していたことを考えると、筆記具需要とは明らかに高かった時代であることは間違いありません。
今、私が愛用するペンはシャーペンと絵を描く用のインクペン。
どちらもデジタル化する世の中でも毎日使用しています。
次は毎日使うペン特集を書きましょう。
50年後に絵や文章を自力で書いていたら「マジうける〜」と笑われるようなAIな世の中になっているのかもしれませんが、趣味というものはいつの時代も変わらなく存在し続けているような気もします。

写真の万年筆は
OMAS − Gentlemen
Made in Italy

一様、ペン先は金ペンっぽいですが、よくわからん。
錆びずにキレイだし、金色が赤っぽい金なので純金ではないことは確かであるが金の価値はあると思う。
インクは吸引式で後ろ部分をひねることでインクを充填できます。
ネットで検索すると同じものはありませんがそれ程に珍しくもない高級万年筆であると思う。
父が誰からか?貰ったものを若かりし頃の私が有難く頂戴したものである。
だから、本当に何年物なのかよくわかりませんが、ヴィンテージもヴィンテージである年代物であることは間違いない。
当時なら万年筆をお祝いにする需要は高かったのかもしれないが、私自身ペン類をお祝いに貰った経験はないので贈答品としてのペン需要とは私の時代には過去の遺物でもある。
貰った当時は物珍しさもあり毎日使用していたが、次第に使わなくなるのも万年筆である。
インクを入れたり、線が滲んだりと日常的に万年筆を使うことのハードルも高い。
先日、そのような万年筆を掘り出してプラモデル用のコンパウンドとヤスリで研磨し、コーティング剤を塗布してピカピカに磨き上げた。
何度も何度も研磨するとペンの表面はとてもキレイになります。
年代物の万年筆が新品とはいかないまでも、細かい傷は完全に消えてそれなりの鏡面状態にもなる。
プラモデルを作る技術とは日常のいろんな事柄に役立つ技術でもあります。
美しさを取り戻した万年筆には愛着も戻りますが、再び傷が付くのも嫌なのでキレイすぎるペンも少し考えものです。
それにしても、何度も言っていることでありますが、ものを磨くという行為には心を落ち着かせる何かがあります。
細かい傷をたくさんつけて、大きな傷を消すとは本当に不思議なこと也。

世は移り変わっていくものなれども、50年後の未来もホビーな世界はなくならないような気もして人は面倒な作業自ら好んで何かを作っているような気もします。
今日は花粉症対策で家から一歩も出ないので組み立て途中の1/144ガンダム・エアリアルのプラモデルの塗装を進めようぞ。

 
■2023年3月4日(土)
■新しい猫のえ。
■2023年3月5日(日)
■一日一文章トレーニング。

「土曜日の午後はスポーツ観戦やね」

昨日は超ヒマだった。
ヒマすぎて結局、エアリアル塗装もせずにラグビーを観ていた。
エアリアル作業は本日絶対にやろう。
そして、持て余す時間をラグビー観戦していたら意外と面白かった。
ラグビーを観たのはニンニンポーズの五郎丸さん以来の試合です。
謂わば、ミーハーです。
こんなんにも素な状態でラグビーを観たのは初めてだと思います。
勝敗も気にせず、気軽に観て楽しむスポーツ観戦。
そのような時間は本当に崇高な時間かもしれなくて、今なら駅伝やマラソン中継もじっと観ることができるのかもしれません。
土曜日の午後とはこのような感じです。

ボールを持った選手が真横に伸びる1本の防御線を抜け出した時には「はっ」とさせるものはあります。
「ノックオン」「ノットリリース」な単語の響きも面白い。
誰がボールを持っているのかわからないので騙し合いもあるのかもしれない。
チーム名も「ワイルドナイト(野生夜)」という謎の下ネタ風の名前で流石にラグビー業界は攻めているなと思っていたら「ワイルドナイツ(野生騎士)」でした。
笑顔の選手顔写真が出てきた時のチームエンブレムが鎧武者のマークで「はっ」と気づきました。
100キロぐらいありそうな大男同士がぶつかり、ヤレヤレ何をやっているのかと思いますが、このスポーツもやっぱりイギリス発祥です。
サッカー試合中にエリス少年がボールを手に持って走り出しゴールした反則からラグビーが誕生し、そのラグビーは海を渡りアメリカンフットボールとなった。
野球の原型もクリケットであるようだ。
スポーツの歴史にはどこにでも英国人が顔を出していて面白い。
子供は遊びの天才でもあり、放っておくて勝手に遊びを考えて遊んでいるものです。
日本人の大人が何かしらの遊びやスポーツを考えたところで、たぶん何の尊敬もお金にもならないような気もします。
仮に競技人口の多い有名競技となったとしても訳のわからない人物が理事長のドンとしてやってきて、つまらないスポーツになりそうな予感だけはします。
「わい、面白いスポーツ・遊びを考えたんや」と周囲の人に声かけたとしたら、どのような反応が返ってくるのでしょうか?言わんでもわかるよね。
ノリが悪いと言えばノリ悪るなのですが「ノリ」って何なのでしょうか?
早速、辞書を調べるとノリには「(法)則」と「(海)苔」と「糊」の三種類しかありません。
一番近そうなものは「法則」のノリですが、意味は守るべき正しい事柄、掟、規範、規則、道理な意味で、ここでの「ノリの良さ」とは正反対にあるような気がします。
これはもしかしたら、「オレたち自身が法則でもある」若者独自の法則によるノリなのかもしれません。
確かに、日本人もイギリス人も法に則ったものが好きでよく似ている。
長野の御柱祭りなどもみると古代日本人はもともとノリノリな人達だったと思われます。
太い木にまたがって坂道を下る危ないことを喜んでやる人達は日本人とイギリス人以外に存在しないような気もします。
日本人にも本来ノリノリなDNAは持っているようには思います。
それが社会の枠組みの中で強く封印されているのかもしれません。
それら「正しさ」の封印が解かれた際やその枠外に於いて、日本人の変態さが爆発して収拾がつかなくなる感じは何度も目にする光景でもあります。
イギリス人とはお祭り好きなのか?遊びを発明する天才なのか?または、少年少女のような無邪気な童心を持っているのか?はたまた、スポーツを開発すると何か名誉やお金になったのでしょうか?すべてはわからない事ばかりではありますが、それが国民性というものなのかもしれません。

私の場合はラグビーを観ていたら危ないので何かしらの防具を着せてあげたいと思うのでアメリカ人気質のような親心を持っています。
アメリカンフットボールや、アイスホッケーの、あのような完全防具で安全性を高めれば多少荒っぽくて危険なプレーにも目をつぶることはできます。
野蛮そうに見えるラグビーの選手は無防備であるが故に、他のスポーツと比べても幾分紳士的であるように思えて、それが生身でぶつかる安全性を鑑みたGentlemen 魂のプレーなのかもしれません。
昨日の万年筆の続きです。
真面目な話、ペンに企業名とかを名入れしている場合ではないのです。
「ペンは剣より強し」なペンの使い手たちは、いつ何時もGentlemen であるようにペンに紳士な名を刻むことを多くのマスコミな方々にも伝えたい。
Twitter にもGentlemen の文字を付ける?
Gentlemen は何かの重石になるかもしれないが、私ならアメフトやホッケーのようなGentlemen魂を期待しない防具を選ぶかもしれない。
そして、そのペンの製造元がMade in Italy のイタリア人が作っていたことがカオス感漂って面白い。
その意味でもこの万年筆には金ペン以上の価値はあります。

 
■2023年3月5日(日)
■猫アンテナ。
■2023年3月6日(月)
■一日一文章トレーニング。

「玉子を節約して食べるお話」

確かにスーパーの卵の値段は高くなりました。
ですが、どの位に高くなったかと言われれば答えるのは難しい。
そこで過去の記憶を掘り起こして書き出すと、税抜き198円ぐらいで販売されていたものが、239円(現状)ぐらいに上昇しているようにも思います。
198円から239円の上昇とは暗算では少し難しい価格帯でもあります。
玉子1パック(10個)の上昇とは41円ぐらい。
いつも棚にもりもりと陳列されていた卵の数も減っていることを考えると卵の流通数は1/3〜1/4ぐらいに減少しているようにも思います。
理由は鳥のインフルエンザ流行で卵の流通量が減ったからです。
今シーズンの寒い冬とウクライナ戦争によるエネルギー価格の高騰により室温を節約したら病気が蔓延したのかもしれないとの仮説を立てることができます。
そう考えると、全ての出来事は全てに繋がる「風が吹けば桶屋が儲かる」の逆バージョンの負のスパイラルな風が吹ているのかもしれません。
そういえば、冬は野鳥観察の季節でもありますが、野鳥を見かける数も減ったような気もします。
冬鳥であればハクセキレイはスズメの如くよく見かけましたが、普段の冬によく見かけるヒヨドリやムクドリは人目から遠いところでたまに見かける感じではあったので野鳥の数も少し減少しているのかもしれません。
気候も暖かくなり、ひよこの生育は約6か月らしいので半年もすぎれば卵の流通量も落ち着いてくるのかもしれません?

ところで。

朝のパン食に目玉焼きをのせると美味しいのですが、卵をフライパンの上で潰しクレープ状にした卵をパンにのせて食べても案外美味しいことに気付きました。
玉子を潰して食することで一人一卵消費ではない玉子節約にもなります。
とろーり目玉焼きにはとろーりな魅力はありますが完全に潰してクレープ状になった卵もそれなり美味しい。
とろーり卵だとお皿も汚れます。
何より、とろーり卵を落とさずにあわてて食べないといけません。
パン食時にパン上の目玉焼き部分に到着すると、とろーりした卵の落とさずに食べる為に急にせわしく野蛮にガッツく必要があるのもパン上の目玉焼きというものです。
玉子も程よく固まってくれれば良いのですが、フライパンにフタをするのは洗い物が増えるし、できればシンプルに済ませたいのが朝食です。
その点、クレープ状の卵だととろーりすすることもなく食べやすい。
小さめのフライパンでくちゃくちゃと玉子を潰して、弱火で固まるまで待って切り出してパンにのせるだけ。
余ったタマネギなどを入れると急に味に深みも出ます。
そして、最近、パンにのせる卵焼きでも味付けは塩ではなくて醤油の方が美味しいことに気づきました。
塩だと辛くなるだけだけど、パン食の洋風な卵にも醤油味の卵の方が断然美味しいような気もします。
何の話しかと思いますが今朝は玉子を節約して食べるお話を書きました。

 
■2023年3月6日(月)
■涅槃猫。
■2023年3月7日(火)
■一日一文章トレーニング。

「卵からも何とか繋げる」

前日から書くことを仕込める才能があれば「一日一文章トレーニング」とはちょろいものでもある。
しかし、前もって何かを行うことは横着には少しハードルが高い。
夜はゲームをしたり、インターネットという害悪を観たりとそれなりにやることもある。
そして、朝起きてから行き当たりばったりの「何を書いたらいいのやら」と苦戦することは何も学習していないようにも思える。
どうする、どうしよう?ということで昨日は「卵」をテーマとした。
何の思いれもない卵についてなぜ?書こうと思ったのかと後悔するのだが、一週間、黄色や卵のことを考えて過ごすことは幾分気が重い。
卵とは新しき物語の誕生の印であるのかもしれないし、何かしらの暗示かもしれない。
占い師であれば、そのような行動への意味付けをするだろうが、卵について最初に思いついたことは物価高騰の変化についてであり何とも現金なことである。
しかし、卵の価格変動も玉子焼きの美味しい食べ方も卵を記号として考えるならば卵である本質を体現しているとも言えます。

そんな昨日の夕方のこと。
空を見上げて歩いていると目玉焼きのような黄身が空に浮かんでいました。
「これは卵である!!」
正式には今夜が完全なる円形となるまんまるな満月。
空は一点の曇りなき透き通った青く深い闇に染まり、ビルの谷間から静かに昇るお月様の昇る様子は正にグランドキャニオンの一風景。
勿論、グランドキャニオンには行ったこともないし、知っている知識もアメリカ大陸にあるぐらいの写真を数枚程度観たことがあるだけのイメージである。
それらはどれも昼間の明るいグランドキャニオンの風景であり、夜のグランドキャニオンの風景でもない。
闇に包まれ始めたビルディングの谷底が何故かグランドキャニオンを歩いているように思えて、そんなキャニオン渓谷の谷底を行き交うのが私たち深海生物の頭上をとてつもなく大きくてキレイなお月様が登る景色でもある。
卵と満月、これら二つが繋がるいささか強引な力業ではありますが、古のご先祖様たちであれば、このような満月の夜には月明かりに照らされた夜道を歩き、月を眺めながら夜遊びしたのかもしれない神秘な夜でもあります。
月夜とは電灯が不要なぐらいにとてつもなく明るくて隅々までよく見える明るい夜でもあります。
それでもチョウチンアンコウのような深海な灯りに照らされた現代人は月を見上げずに先を急ぐのでしょう。

ということで。

私もさっさっとお家に帰りワールドベースボールクラシックの阪神との練習試合を観戦しました。
最近は何かスポーツづくしの毎日でもある。
野球観戦もとてつもなく久しぶりのこと。
スター選手の登場に競技場の鳴り物も止み静寂の間へと包まれる感じは少し良いものでもあります。
バットを弾くファールボールの音は「カァーン」な音は鋭い。
次のボールも鋭い音を立ててファールボールとなる。
2ストライクと追い込まれた大谷選手は次の落ちる球を膝つきながら空高く打ち上げた。
「あ〜」
外野フライかと思われたそのボールはぐんぐんと飛距離を伸ばしてグランドの外に運ばれた。
ホームランである。
その次の打席でも大谷選手はホームランを打った。
詰まった打球をそのままホームランまで運んだようだ。
それらボールが空高く飛んでいく様子は、先ほど見た満月を見ているようでもある。
卵→満月→大谷選手のホームランと繋がった。
今晩もキレイな満月です。
 
■2023年3月7日(火)
■黒猫か〜。

■2023年3月8日(水)
■一日一文章トレーニング。

「遊戯王はたくさんの種をつけました」

いやはや、最近は春暖かな毎日でもある。鼻ムズムズ
こんなにも良い天気であるのに花粉症であることは大いなる罰ゲームでもある。鼻ズルズル
アレルギーとは耐えるしかない症状でござる。クシュン
春に誘われて外を楽しむ人たちを横目で見て耐えて、それでも、外気に触れることが少なくとも花粉症は発症するので、それにも耐える。
まさに宮沢賢治のように耐えて過ごす数か月。
それでも、不眠不休で働いていた頃には鼻が詰まり寝れなくなる状態と比べると天と地との差で軽い花粉症ではあります。
結局、疲れて口呼吸からの鼻呼吸で寝ておりましたが、このまま岡の上で呼吸困難になるのではないかとの恐怖は二度と経験したくない花粉症でもあります。
体の弱り目に花粉症とは大きく反応するものなのかもしれません。
粛々と見えない小さな奴らの飛散が過ぎ去るのを待とうぞ。
人の苦しみや痛みとかは本当に当人しかわからないもので外見から判断できるものではありません。
街歩きすると花粉症な人が少ないような気もしますが、元からが東京出身の都会人はあまり花粉症を発症しないような気もします。

ところで、最近は春の陽気で植物たちも元気になってきました。
ただ、寒暖差も高く夜は気温が一桁台になる日もあるので、夜の遊戯王なアフリカ勢の植物も一様に室内に取り込んでいます。
遊戯王は布団干しで鉢割れの落下からアスパラガスな触手を伸ばし始め、最近はそんなアスパラガスな先端にたっぷりとたわわな種のようなものを付けています。
そして、少し触れるだけでも痛痛だったトゲも随分優しくなり全く痛くありません。
植物愛が伝わって和解したような気もします。
植物とは何かしらの感情があるようにも感じて不思議なもの也。
遊戯王の種は触るとプニプニで柔らかく、ウジ虫や芋虫、多肉植物のような微妙な肌ざわりで気持ち悪い。
※ウジ虫は触ったことはないよ。
さっそく、室内に落ちた種は種の保存袋に入れて保管する。
この種は土に植えるとアフリカ勢を量産できるのかもしれないので、土に落ちた分を地面にぐっさす。
新芽が出ればラッキーでもある。
アスパラガスな茎の長さは30センチ程伸びて表面に茎割れを発生させている。
もうすでに種には水分供給は行われていないようなので、あとはアスパラガスな茎は枯れていくだけと思われます。
少しでも振動を与えると種はすぐに落下するので慎重に動かし夜な夜な室内に取り込みますが、朝になると2個ほどの種を自然落下させています。

上の写真は今の遊戯王のたわわに実った姿。
下の写真は1月1日の遊戯王のアスパラガスな姿。
芽が出始めてから100日超で立派な種を付けました。
植物が有能なのはたくさんの種を付けることです。
種とは全部芽吹くものと限らなければ、たくさん種を付けた方が有利ではあります。
これは当たり前ではありますが、今週は「卵」なテーマなので、日本社会に置き換えた視点で遊戯王のアスパラガスを視てみます。
無数のベンチャー企業が生まれない社会とは当然、世の中に当然新しい種の誕生も少なくて芽吹く可能性も少ないことになります。
それは少子化の子供を大切に育ててこなかったことにも共通点はあるような気もします。
種の数が可能性の数であるのか?
それは自然の摂理であるような気がします。
日本の停滞とはそれに加えて新芽を既得権益が徹底的に摘むという風習もあります。
ですが、結局、海外からやってきた同種のものに淘汰されて置き換えられる面もある。
それが日本産か外国産かという面でもありますが、結果的には市場を外国勢力に取られることになります。
とりあえず、既得権益とは一見国内を守っているように見えて、長期的な目線で見ると全てを海外勢力に売り渡す手助けをしているようにも見えます。
なので、美しい日本がどうのこうの言っている場合ではなくて、最初から世界水準の規制緩和で公正な競争を行った方が最終的な国益に還元されるような気もします。(たぶん)
国内民間投資の減少は国の借金が多すぎることが原因だと個人的には思いますが、今の衰退はたわわな種の卵を付ける植物目線でみれば当然の結果なのかもしれません。
そのような植物学者の発展論・生育論とは少し気になって聞いてみたいお話なのかもしれません。

https://www.scos.gr.jp/useing2022u.html#R041217Yuugi

https://www.scos.gr.jp/useing2023v.html#R050112Shixyokubutsu

 
■2023年3月8日(水)
■クセのありな猫。
■2023年3月9日(木)
■一日一文章トレーニング。

「むかーし、むかーし、兼家という浮気者がおったそうじゃ (兼家の幽霊待っているぜ)」

昨日は初夏の暖かさ。
もうそろそろ桜も開花するのではないかと思う暖かさでもある。
流石に昨日ぐらいの暑さにもなると、じんわり汗もかきトレーナーを脱ぎます。
トレーナーを脱いで気づいたのですが前後を反対に来ていました。(笑)
他人にとっては全く気にもならないことではありますが、トレーナーを逆向きに着ることは自分だけが面白いことでもあります。
よれよれのトレーナーなので前も後ろも関係ないと言えば関係のない話でもあります。
幾分着心地の悪さはあったので後から考えたらなぜ?反対向きに着ていることを気づかないのであろうとは思う。
ロゴ入りのトレーナーであれば前後反対に着ることは先ずない、勿論、パーカーでもありえない、Tシャツを反対に着ることもまずないので、前後ろを反対に着てしまう服は無地のトレーナーにだけに発生する現象でもある。
自分がトレーナーを前後ろに着ていたからと言うわけではありませんが、トレーナーを前後ろ着る人間に悪人はいないような気もする。
冬の間はとても寒がりなので寝巻はフード付きパーカーとロングTシャツの2枚着込んで就寝していますが、2枚の長袖を着るのに2回同じ着る行為を行うことは少々面倒なことでもある。
そこで、横着は脱ぐ時に2枚同時に一緒に脱いで、次の日には2枚がキレイに重なったまま状態の服をすっぽりと頭からかぶれば時短着りをできる。
最近、夜も朝も大分暖かいのでもう1枚しか着ていないので普通に寝巻を着替えているのですが、冬の寒い間は重ね着シャツを1回の動作で省略して着込める方法を教えてもらった時には何て天才級な発明なのだと思いました。

「一日一文章トレーニング」は適当な事柄を真面目に書いているのですが、ほんの少しの面白いことも取り入れたいとも思っております。
他人を面白くさせることを書くこととはとても難易度が高いことであります。
ですが、文章にほんの少しの面白きこと(面白っぽいこと)を入れることは私たちにとって必須な条件でもある。
ですが、面白要素とはいくら面白くても他人をディスると怒られてしまいます。
なので、自分の失敗談などを書くことぐらいが精一杯の私に書ける面白話でもあります。
自分事を書いて笑えば、他人の誰も傷つけることは全くないし、私自身も自分自身のダメダメな部分を書いても何とも思わないので両得でもある。
そこで、種や卵の話に戻るのですが、自分以外の他人を気兼ねなくディスれる優良物件を発見しました。
それが「百人一首」という卵である。
過去の有名人が100人もいて一日一人ディスったとしても100日分のネタ提供はできます。
たぶん、推しやファンの人たちもいないと思うので誰も怒らないと思います。
歴史研究家は怒ってしまうのでしょうか。
墓場から本人の霊がやって来たら、それもまたネタにして書くこともできます。(兼家の幽霊待っているぜ)
百人一首の数珠つなぎである。
ということで、百人一首を使い他人の事柄について書く実験をする。

「嘆きつつ ひとりねる夜の 明くるまは いかに久しき ものとかは知る」
(右大将道綱・みちつなの母)

(訳)嘆きながら一人で寝る私にとって、夜明けまでどれだけ長いものか、あなたは知らないでしょうね・・・。

作者は蜻蛉日記の作者であり右大将藤原道綱の母。
大将の母というだけあり貫禄ある身分なお方の文章ではありますが、どのような文脈で書かれているのかはわかりませんが、嘆きとは怒りや憤りが含まれていると思います。
それが朝まで継続しているということは、激怒な(げきおこな)文章であるとも読めます。
旦那様は時の右大臣藤原師輔(もろすけ)の三男で藤原兼家(かねいえ)。
恐らく夜な夜な帰宅しない兼家を空が明らむまでふつふつと怒りを爆発させている状況を五七五七七な歌にのせてさらりと美しく謳った歌であるとも分析できます。
そのような歌が歌われる唄会とは修羅場でもあり、たぶんその場に兼家も参加していて何と返答したのかと怖すぎる状況を予想できます。
「東に西に雑務に追われて忙しく飛び回って大変忙しい」みたいな歌だとガッカリでもある。
「夜な夜な現れる化け物退治に忙しくて都は今日も守られた」みたいな平安アベンジャーズなお話だと何か「おおっ」と思うところはあるのかもしれません。
ですが「今度その化け物という姿を見せて下さいな」という返歌で全ては轟沈することでしょう。
このような歌のやり取りが面白かったことからこそ百人一首の一文章の伝説として残ったとも考えられます。
お前が言うなという感じかもしれませんが、よくよく読めば、心に思ったことを素直に書かれたシンプルで良文であるようにも思えます。
家庭の内情をさらりと公衆面前で開けっぴろげに話す平安時代の人たちは何ともオープンな人たちでもあるように思えます。

この文章により藤原兼家の浮気性のクズイメージは後世まで伝えられることになり、ペンとは魔力を持ったものであることを実証できます。
栄華を誇った時の権力者でさえ一本の筆により確実に沈みます。

 
■2023年3月9日(木)
■野球日本代表ガンバレー。
■2023年3月10日(金)
■一日一文章トレーニング。

「全力プレーとは美しい」

いやはや、昨日のWBC中国戦は重くて苦しい展開でした。
初戦の国際試合ということで、苦しい試合になるとは予想していましたが19:00〜23:00までの4時間の長丁場な試合になるとは思いませんでした。
応援する私達も競技する選手たちも大変な試合だったと思われます。
ホームランバッターへの勝負は徹底的に避けられる相手チームの戦術により押し出し得点はあるものの、打撃による追加得点にはなかなか繋がらないしんどい試合。
満塁策とは何やろうね。
それは「背水の陣」のようなカタチでもある。
長打が出れば大量得点が入る可能性もありますが、守備側にとればWプレーのゲッツーで守り切ることもできます。
相手チームを崩すにはなかなかに難しく、前半・中盤はどちらに転ぶのかわからない試合でもありました。
そのような中でチームに着火したのは後半の牧秀悟選手のホームラン(HR)であり、ゲームの展開を完全に変えたのは山田哲人選手の鋭い目の覚めるヒットでもありました。

そのような前半の苦しい展開の中でも得点に繋げることができたのは、メジャーリーガーのヌートバー選手と大谷選手です。
何度も意気消沈するような展開で確実に泥臭くても得点に繋げることができたのは、日々国際試合を戦っている海外組みの選手たちの戦う姿勢であったのかもしれません。
ヌートバー選手の1番は切り込み隊長にふさわしい先陣を切った素晴らしいプレーの連続でした。
どのプレーも素晴らしかった。
勿論、大谷選手も素晴らしかった。
投げて打って走ってのあわやホームランというあの一撃で、応援する私達もチームも救われました。
そんなチームや応援する私達を救ってくれたものは何かと考えると、それは「全力プレー」にあるように思えます。
メジャーリーガーとはパワープレーな大味なイメージを持っておりましたが、フルスイングでバットを振り、全力で走り、盗塁もして、ボールを捕ることにも全力で「メジャーリーガーでも全力で野球をプレーするのだ」と思う姿に感動を覚えました。
もともと、スゴイ選手たちが全力で取り組むことでチャンスは生まれてくるものだと考えると、野球の美しさはそのような全力なプレーにあるのかもしれません。
全力で一生懸命に全力プレーする姿は本当に美しいし、それらを観ることで何かしらの力を受け取ることもできる貴重な時間でもありました。
わいも全力に頑張らないといけないものだと思いました。

前半はメジャーリーガーの全力プレーによって勝ち越して、後半は日本で活躍するプロ選手たちが完全なるゲームチェンジを施す全力プレーで苦しい中の全員野球を作り上げたような気もします。

本日も連戦のハードな試合になると思いますが、侍ジャパンを応援しまっせ。
当然、ミーハー的に湧いてきた故に、選手のことはほとんど知らないので、知らない選手のことは試合観戦をしながら、インタネットという機械を使いて選手名を検索します。
そうすると、「選手名+彼女」ばかりの検索候補が出て、いつもながら、皆、選手の彼女を検索し過ぎていて笑ってしまいます。 \(WbS)/

 
■2023年3月10日(金)
■野球日本代表ガンバレー。
■2023年3月11日(土)
■一日一文章トレーニング。

「今日は3月11日です」

いやはや、昨晩も4時間超えの長い試合でした。
野球の試合って、こんなにも長かったけ?と思います。
野球を生観戦した時にホームランが生まれない試合とは少し物足りない気分にもなります。
ですが、昨日は勝利に加えて、近藤健介選手のホームランもあり、生観戦できた人たちとはとてもラッキーな人達でもあります。
そして、昨晩もやはりヌートバー、ヌートバー、ヌートバーなスーパープレーな一夜でした。
勿論、大谷選手はすごくて一打一打が楽しみで仕方がありません。

前半は韓国の先発ピッチャーをなかなか打ち崩すことができずに、こちらも好投のダルビッシュ有投手の不運な2ランホームランと送球ミスによって3失点しました。
正直、単に「ガンバレガンバレ」で「打てや打てやのホームラン」と応援しているだけの私は今日はダメかもしれないとの思いで暗い気持ちのお通夜モードで意気消沈しておりました。
しかし、選手の方々は虎視眈々と逆転の機会を諦めずに狙っておりました。
大谷選手もグランドから戻ってくる選手たちを鼓舞してベンチに迎え入れていてスゴイなと思いました。

3点失点後の逆転劇は地味に塁を進める攻防から始まります。
失点直後の3回裏の逆転劇とは昨日試合の一番の見せ場でもありました。

3回の裏の攻撃

1)源田壮亮選手:好投の相手投手の投球数を増やしフォアボールを選んで走塁!
2)中村悠平選手:好投の相手投手の投球数を増やしフォアボールを選んで走塁!
この二人の選手の粘りにより今まで好投球していた韓国投手が浮足立ち始めます。
「浮足立ち」とは本当に良い言葉で、逆転の快進撃の口火は源田・中村選手の静かな選球眼と粘り勝ちによって作られたことは間違いありません!!
3)ヌートバー選手:ヒット!(1点追加)
4)近藤健介選手:長打ヒット・あわやホームラン!(1点追加)
5)大谷翔平選手:満塁策で敬遠。
6)村上宗隆選手:浅いフライでアウト。
7)吉田正尚選手:長打ヒットで4対3の大逆転!(2点追加)
流石のメジャー選手は全打席でヒットして塁に出ているような気がします!
8)岡本和真選手:ピッチャーライナーアウト。
9)牧秀悟選手:ピッチャーゴロでアウト。

失点後の栗山監督が不動だにせずに立つ姿は大黒柱のようなものなので一種の心の拠り所なのかもしれません。
こんなにもスゴイ選手たちを集めスタメンを選び、国の代表監督のユニフォームを着てベンチを温めることは4番打者以上の重責なのかもしれません。
監督のタイプにもいろいろな監督がいるもので、阪神の岡田監督のようにベンチの暗がりの中で闘犬のように首を傾げながら魔空間を作る監督もいれば、昨日の始球式を投げた森保監督のようにデスノートに何かをメモる監督もいます。
監督にもいろんなタイプの監督がいるものであります。
チームがピンチな時にも表情も変えず不動だに立ち尽くすことができることは、人が感情ある生き物であるとすれば、それはなかなかに難しいことであると思います。
それは感情を自制して戦う選手たちを信じていることに他ならないのかもしれません。

野球とは本当にわからないもので、ピンチの後にチャンスはやってきて、そして、それを得点に出来た良い試合でした。
今日も侍ジャパンを応援しまス!\(WbS)/
そういえば、昨晩、地震あったよね。

 
■2023年3月11日(土)
■野球日本代表ガンバレー。
■2023年3月12日(日)
■一日一文章トレーニング。

「年齢を偽ることに一点の曇りなし by ラオウ」

昨日のチェコ戦も打撃を封じ込められる苦しい展開。
野球とはいろんな戦い方があるもので、遅球と呼ばれるチェコ投手の投げる魔球により上位打線・クリーンナップもなかなかに打てなくて送球ミスからの1失点のドキドキ試合となりました。
必ず逆転してくれるものと信じていても先制点をとられ、WBCを盛り上げるヒーロー枠の大谷選手やヌートバー選手も打てないとなると・・・これは大変な試合となると覚悟します。
そのような重い試合を攻略したのが3回裏の攻撃です。
近藤選手・吉田選手・山田哲人選手たちの打撃により逆転しました。
近藤選手・吉田選手はどの場面でも活躍している「野球職人」みたいな人達です。
昨日の近藤選手はホームランも打った!!
吉田選手は全打席で塁に出ているような感じもします!!

3回裏の攻撃

1)ヌートバー選手(25才):ファーストゴロアウト。
2)近藤健介選手(29才):長打2塁打。
3)大谷翔平選手(28才):三振。
4)村上宗隆選手(23才):ファールボールで走塁。
5)吉田正尚選手(29才):長打2塁打で2点追加・逆転!。
6)山田哲人選手(30才):ヒットで1点追加。
7)山川穂高選手(31才):セカンドフライアウト。

という、3回の裏の攻防は野球職人たちの逆転劇によって、私たち「にわか野球応援団」も安心して野球を観ることができました。
投手陣も佐々木朗希投手(21)と宇田川優希投手(24)宮城大弥投手(21)と若い投手陣がいい球を投げておりました。
「お主まだまだ若いの〜」と老練な強みをアピールしようとも、若さとはやっぱり良い面しかないような気もして未来イッパイの若者たちとは羨ましいものではあります。

ということで。

本日のテーマは「年齢」です。
昨日の8回裏大谷選手の代打で打席に入った牧秀悟選手は単独のホームランを打ちました。
大谷選手の代打でホームランを打つことも凄いことなのですが、野球観戦は一つのホームランや一つのファインプレーによって観ている人のボルテージも何故か急激に「おおっ」とMAXに盛り上がるものであります。
ホームランから帰宅した牧選手はベンチでいつも不気味な小躍りをしていますが、それが何であるのか気になって調べます。
すると、あの踊りは「デスターシャ」と呼ばれるパフォーマンスのようであります。
「デスター」がウクライナ語の「リスナー」の意味で「ターシャ」はロシア語の掛声のようなものらしい。
ウクライナとロシアの架け橋のような言葉なのでしょうか?
2023年の現代にもともと近い民族であるようなウクライナ人とロシア人が領土を巡り血を流すことは誰得なのか?無意味以外には考えられないことであります。
早く戦争は終結して欲しいです。
「デスターシャ」はウクライナ人のゲームYouTuberのサワン兄弟が動画内で行う挨拶のようです。
日々、知らないユーチューバーがヤフーニュースなどで登場すると、最初に思うことが不祥事の内容よりも、先ず「おまえは誰やねん」と思う第一声。
本当のところはオレらが誰やねんというのが正解ではありますが、フォロワー数が物凄いのに全く知らない自分自身に困惑します。
社会勉強として、お騒がせユーチューバーの動画を観ることは再生数を稼ぐ彼らの戦略の思うツボなのかもしれませんが、たまに観たりもします。
そうして、何が面白いのか?全くかわからなくて真顔で困惑する自分自身を客観視すると毎年毎年、年を重ねることとの恐怖を感じます。
本当に残酷なことは毎年、いやいや、日々老けていくことの現実です。
特に知らないユーチューバーの名前を聞いたり見たりすると恐ろしく年齢を感じてしまいます。
老化を進める酸素を憎み、知らないユーチューバーを次々に私にお知らせにやってくるニュースを観る度に日々老化する現実に直面する私たちの仲間でもある牧選手が、何あってか「デスターシャ」なる小躍りを踊っていることに少し困惑。
一様、大ベテランの牧選手の年齢は何歳ぐらいなのか調べると何と24歳!!でした。
エーエーエーーーーおまえは若手陣営だったのかーーーーーと(ビックリ)。
若さとは武器でもあるかもしれないのに、なぜ?逆張りの往年の大ベテランの仮面をかぶっているのか?大困惑。
昨晩は牧選手が佐々木投手たちと同じ若者グループであったことに驚愕の衝撃をうけて、そりゃ24歳ならば「デスターシャ」でも何でも即興踊りを踊るわなと思う一日の終わりに、私も勝利を噛みしめる変踊りでしめる。
本日も侍ジャパンを応援しますよ!\(WbS)/

 
■2023年3月12日(日)
■野球日本代表ガンバレー。

■2023年3月13日(月)
■一日一文章トレーニング。

「野球には独特のリズムがあります」

昨晩の試合は1回表の大谷選手の3ランホームランにより終始、心穏やかに試合観戦することができました。
先制してゲームを進めることの利点はこのような安心感です。
ゲームが落ち着く前のオーストリアに畳みかける立ち上がりの攻撃が昨日の試合のキーポイントであったように思われます。
実際に後半になると試合も落ち着き、得点を稼ぐこともなかなかに難しくもなります。
そのような時に頼りなると感じたのがキャッチャーの中村悠平選手。
攻撃では出塁してリズムを変えようとの気迫も伝わり、また、守りに於いても投球をリードするようなテンポもあってゲームをコントロールしているようにも感じました。
明らかに先制得点の試合と、追い上げる試合展開では試合のリズムが明らかに異なります。
キャッチャーとはオーケストラに於ける指揮者のように、送球場所を指示しているよりもピッチャーの球のリズムやテンポを調整しているようにも思いました。(知らないけれども)
実際にゲーム時間も短くなり、野球には何かしらのリズムは存在していると思われます。
オーストラリア選手が橋宏投手の早くて鋭い球を1発ホームランに持っていったことを考えれば、バッテリーでオーストラリアの強力打線を上手く封じた勝利であったような気もします。
野球のことを何も知らないのに勝手に分析してm(__)mt。

それにしても、大谷選手の3ランホームランはすごかった。
自身の顔のある大きな看板に直撃するホームランとは、筋書きがないと進まない物語です。
これは運命のようです。
この世の中は誰かの作る仮想世界か?っていうお話のようではありますが。
ボールの軌跡は見えなかったのでどの部分に当たったのかわかりませんが「ドスン」という看板に当たる音は確かに私の脳内に響きました。
今日の「一日一文章トレーニング」の絵はこれ以外に考えられません。
さっそく、大谷選手の広告を出しているセルフォースの会社がどんな会社なのか調べると、雲みたいなマークなのでクラウド系のITサービスを提供する企業のなのか?
IT会社のHPから業務内容を推測することは、ちと難易度が高いこと。
多くの国民が応援する中の国際試合で、自身のCMする看板にホームランボールを直撃させることとは、全く意味のわからないスゴイ事であります。

1回表の攻撃

1)ヌートバー選手:ファーボールで走塁。盗塁により投手にプレッシャーを与える。
2)近藤健介選手:ヒットで走塁。
3)大谷翔平選手:3ランホームラン!!(正に伝説!!のホームラン!!)
4)村上宗隆選手:センターフライでアウト。
5)吉田正尚選手:デッドボールで走塁。
6)岡本和真選手:三振でアウト。
7)山田哲人選手:レフトライナーアウト。

さっそく、大谷選手画を描こうと思うのですが、いやはや難しい。
最初に描いた絵はほぼ山川穂高選手みたいにも見えます。
ベーブルースのようにも見えるので、あながち間違いでもないのかもしれない。
2枚目に描いた大谷選手の絵は長髪の栗山監督みたい。(笑)
信じられないと思いますが、わいが描くこんなにも雑な絵にも「これは何か違うな〜」と思う譲れない一線があります。
最低1回以上は修正したり、描き直したりしながらHPにアップしております。
今回は製作過程の大谷選手が全然似ていなくて面白かったので記載しましたが、挿絵を描くことは四苦八苦と結構大変なことなのであります。

「決勝リーグも勿論応援するぜ」\(WbS)/
ということで。
私達を米国マイアミ海岸まで連れて行って下さいな!

 
■2023年3月13日(月)
■筋肉肉々隆々猫体操。
■2023年3月14日(火)
■一日一文章トレーニング。

「瞳の数だけ視点はあるのかもしれません」

昨日は雨降った後のベランダのアスファルトに早咲きの桜の花びらが数枚落ちていました。
家の前の桜の木は毎年早めに花を咲かせますが、一昨日はまだ数輪という感じだったので一気に桜の開花は進んだようです。
上野公園を通り抜けたら、どの桜の蕾もパンパンと膨らみます。
凝視すると2〜3輪の開花を発見することもできるので、桜の開花はすぐそこです。
今週末には、上野の桜は満開となり、通りも人でイッパイとなるのでしょう。
今も花粉症で閉じこもり気味ではありますが・・・この数年の閉じられた世の中で唯一良かったと思えることは、上野名物の夜桜がなかったこと。
夜の上野公園を歩いていたならば、いろんな種類の酔っ払いが絡んでくるので恐怖しかありませんでした。
一旦、途切れた文化でもあるので、もう流石に全裸で桜の木に登って吠えるような人たちは現れないように思われます。(たぶん)
そのような夕方の上野で桜の木を撮影していたならば、わらわらと人が集まってきて皆、私が撮っている桜の木を撮影し始めました。
確かに数輪の花びらとは少し珍しいものかもしれませんが、よく目を凝らすとどの桜の木にも数輪花は咲いている感じです。
木々は五万とあるというのに一人が桜を撮影し始めると、それにつられて通りを歩く他の人も撮影をし始めることとは何か面白いこと也。
こういうものを何効果というのでしょうか?何かしらの専門用語がありそうですが知りません。
とりあえず、昨日のような鉛色に曇った雲は結構好き。
今日も曇っていますが、昨日の曇りよりも弱いグレーです。

ということで。

昨晩はとある記事が流れてきました。
それは金の価格が高騰しているお話ではありません。
それらは確かにホットなお話でもありますが、そのようなお話ではなく、それはルイス・B・メイヤーのとある言葉。
それは名言か?迷言なのか?若しくは虚言なのかもしれませんが、よくわからないフレーズでもあります。
ですが、物事の見方の一つとして考えれば興味深いクズ話ではあります。

“I found that the best way to handle [filmmakers] was to hang medals all over them… If I got them cups and awards they’d kill themselves to produce what I wanted. That’s why the Academy Award was created.”
Louis B. Mayer

(訳)私は映画製作者を取扱う最良の方法を見つけた それは彼らの上にメダルをぶら下げることだと気づいた 私が彼らにカップや賞を与えれば彼らは私が望むものを作るために自殺までするだろう だから アカデミー賞が作られたのだ ルイス・B・メイヤー

とりあえず、メイヤーとは誰なのか?
ネットで検索したならば、ロシア系移民の米国人でハリウッド映画のドンみたいな存在だったようである。
映画芸術科学アカデミーの創立メンバーでもあり、俳優と殴り合いの喧嘩をする血の気の多い人物であったようでもある。
メイヤー自身も映画業界の多大な貢献をしたということで1950年にアカデミー賞を受賞していますが、人生後半は映画界の赤狩り対象でもあったのか?失脚している。
米国アカデミー賞とはハリウッド最大のセレモニーでもあり、とてもハッピーなイベントのようにも感じますが、世の中には様々な視点があるものだと気づかされる一文章でもある。
人の腹の内とはよくわからなくて怖いものであります。

 
■2023年3月14日(火)
■0.1gの猫重り。
■2023年3月15日(水)
■一日一文章トレーニング。

「不気味な自家製調味料が鼻ムズに効いた?」

 昨日は良い天気だった。冷たい空気に春の強い日差しとは理想的な気候である。但し、それも花粉症というものがなければの話である。街を歩けばノーマスクやアゴマの人も多くて皆、春の開放感を楽しんでいる。なんともアメージングなことでもある。ネットでみる限り花粉症の人たちはそれなりに多いようにも感じるが、現実世界を歩けば花粉症と無関係そうな人がたくさん歩いていて逆に驚く。そして、花粉症とはひょっとして架空の現象ではないかと思いマスクをずらすと、やっぱり酷い花粉の症状を発症する。雨降りの後のこんなにも澄んだ空気にも花粉という小さくて目に見えないものがたくさん飛散しています。昨晩のこと、帰宅して鼻がムズムズと詰まり、今夜は鼻づまりで大変な夜になりそうだと思った時に急に鼻が「スーッ」と貫通した。

「えっ?」

どういうことか?急に鼻がスースーとスッキリしたノーマルと状態となる。
目の前にはまな板の上には切られたタマネギがある。
タマネギを切った時の目しばしば液が何かしらの効果を発揮したのだろうか?
いやいや、そんな訳はない。
そして、ちょっと前に作り置きしていたドレッシングの入った容器もある。
冷蔵庫の中で数日間熟成されたドレッシングをスプーンで攪拌したら、スプーンにドレッシングの分離固形物がたくさんくっついて、それを爪楊枝で削ぎ落してペロリとなめた。
ドレッシングの味もしないようなほんの数ミリドレッシングの残骸である。
そのようなもので鼻が通れば楽勝でもあるが、それを舐めた後に花粉の鼻ムズムズ症状がピッタリと止まったので、その可能性は非常に高い。
しかし、ドレッシングとは昔から食べたりもしているが、それが花粉症に効いたような経験もない。

そうして、今朝は窓を開放して外気を取り入れて鼻ムズムズな状態にしてから、昨晩作った実験用に作ったドレッシングを混ぜてペロリと摂取する。
謂わば、人体実験。
昨晩のようなスカッと鼻が通るような感じではないが、全く効かないと言う訳でもない。
何かしらの効果があるのかもしれない。
だがしかし、昨晩のような即効性はない。
何かしらの成分が違うのだろうか?と思い、確かマヨネーズも入っていたと思いマヨも追加してスプーンで混ぜてそれをペロリと多めに摂取すると何か鼻も通ってきたような気もする。
ネット検索するとお酢の酢酸菌は花粉症にも良いという記事はあるが、どうなのだろうか?

一様、ドレッシングの作り方を記載すると下記のようになる。

お酢とオリーブオイルを1:1で入れて塩を追加してよく攪拌する。(普通のドレッシングの作り方)
往年に熟成されたお酢と西洋マスタードと醤油を混ぜた家庭内調味料を追加する。
今朝はマヨネーズも追加してみた。
写真の通りに見た目がとてもグロくてインスタとかには絶対にアップしてはダメな液体でもある。
可能性があるとすれば、お酢と西洋マスタードと醤油を混ぜた家庭内調味料の中に何かしらの発酵物体(酢酸菌)が存在している可能性がある。
自家製往年調味料は冷蔵庫内で長期間に冷蔵保存されて少しづつ消費されている。
長い期間保存してはいるがお腹を壊したことはないので味噌のような無害の調味料でもある。
他人が作ったこのような魔女系の調味料は決して口にしたくない不気味なものではあるが、自分自身で作れば中身は知っているし問題ない液体でもある。
なので、お酢の中で何かしらの体に良い発酵成分が生まれていても不思議ではない。
花粉症は発症してからまだまだ半月ぐらいの先の長い話でもある。
そして、今は鼻も通常モードにスッキリ通っていて笑笑な感じでもある。

 
■2023年3月15日(水)
■猫の目コロコロ。
■2023年3月16日(木)
■一日一文章トレーニング。

「げにやげに、これは家庭の知恵なのかもしれません」

昨晩は猫の顔がちゃぶ台周りのパーツやおにぎり、鉛筆の先から出来ていることを大発見した。
いうなれば、ドラえもんの絵描き歌のオマージュなようなものでもありますが、ネタ不足とは恐ろしきこと也。
ついに、猫から別のものを見い出すようになってきた。

丸いちゃぶ台の上でお勉強中
窓の外の二つの高いお山が聳え立つ
机の上には二つのおにぎり
鉛筆の先っぽを眺めてみれば
ちゃぶ台の上にお月様が写っていましたとさ
げにやげに、これは家中をゴロゴロとする家猫の画

一度も触ったこともない猫。
何かしらの猫の人気にあやかろうと日々猫の画を描きますが猫ウェーブの再来はないワン。
拍手で応援する1000匹猫修行みたいなものも、もはや猫の数を数えていないので今や何匹目の猫なのかも知りません。
101匹の猫だったけ?
これらは以前、猫好きでもないのに猫グッズをアホみたいに販売したことに対する化け猫の祟りかもしれない。
2匹目の猫(どじょう)はいなかったということで諦めることが肝要なのですが、たくさんの猫をコレクションできればそれなりに楽しい趣味でもあるので化け猫の呪いとはまだまだ格闘中でもある。

ということで。

猫の描き方の大発見とはどうでも良いお話ではありますが、花粉症による鼻づまりが熟成されたお酢のドレッシングを摂取することで開通したお話しは私にとっては見逃すことのできない事実であります。
我が家の冷蔵庫内で繁殖する酢酸菌が花粉症に効果があるとなれば、多くの人たちの助けにはなりますが、何度も摂取して実験しないと眉唾な事柄でもあります。
昨晩も帰宅後に熟成ドレッシングを舐めたら効果を発揮して心底ビビる夜でもありました。
今朝も熟成されたドレッシングが鼻づまりに効くのか?今、ドレッシング内で固まった固形物を少量舐めた。
確かに少しずつ鼻は開通するような気もしますがそれ程の効果は見られません。
次にお酢自体をスプーン一杯ペロリと飲みほします。
それもあまり効果は見られませんでしたが、それをお茶で胃に流しこんで鼻をひとかみすれば、すっかりと鼻は開通しました。
どういうことなのでしょうか。
摂取した熟成したドレッシングは口の中に入れた後にお茶で胃に流し込むことで効果を発揮したようにも思われます。
胃と花粉症の鼻づまりとはどこかで何か繋がっているのでしょうか?
それともオリーブオイルな油分なので喉の粘膜とかにくっつくことで効果があるのかもしれません。
よくわからないことではありますが、やっぱり、それなり効果もあります。
熟成ドレッシングが私にしか効果がなければ、我が家にある往年に熟されたマスタード醤油に何かしらのレアな酢酸菌が存在していることになります。
マヨネーズを入れた熟成したドレッシングでも効果があれば、マヨにもともと存在する酢酸菌が何かしらの発酵効果を促している可能性もあります。
作り立てのドレッシングを摂取していても今まで効果がなかったことを考えると、自家製ドレッシングは熟成させる程に発酵を促し酢酸菌を増やして効果があるものに変化しているのかもしれません。
今日はオリーブオイル+塩+お酢+マヨネーズの自家製調味料を使わない素材を作って実験します。
この花粉症の鼻づまりを開通させるドレッシングは薬のように時間が経つと効果は薄れますので、花粉症のアレルギー体質を変質させるものではありません。
しかし、昨日は外を歩いていても意外と楽であったような気もするのですが、気のせいか?いやいや気のせいではないような気もします。

ということで、

今夜も侍ジャパンの「マイアミ決勝リーグ突破に向けての熱い熱波を送りたいと思います」
\(WbS)/

 
■2023年3月16日(木)
■野球日本代表ガンバレー+おにぎりパワー。

■2023年3月17日(金)
■一日一文章トレーニング。

「ついに!!
侍Jは東京市民プールから世界に4枚しか存在しないと言われる
マイアミバイスのビーチ切符を手に入れた!!」

いやはや。
毎度毎度の激闘です。
日本代表チームはメジャーリーガー要する強豪イタリアに勝利して、ついに超お金持ちやパリピー族、極悪犯罪の巣窟かもしれないマイアミバイスへの切符を手に入れた。
昨晩の「最高です」の岡本選手ヒーローインタビュー前座でもあった、私の中では長髪な監督の残像も残る栗山監督が「アメリカで日本の野球で勝利を勝ち取る」というような言葉には少し感動しました。
「マイアミバイス」とは毎度のことながら名前だけを知っている映画のこと。
※ドラマでした。
観たことがない故に、いつもの如く妄想だけで膨らむ映画でもありたちが悪い。
そのような魔都市マイアミバイスに侍戦士が降り立つということは、それだけで胸熱なドラマ生まれることは間違いありません。
次の試合も時差関係なしに勿論、応援します。

どの試合も最終的に得点差はあっても、少ないチャンスをものにして、相手のチャンスは消し去るというハードな試合でもありました。
静寂の間に聞こえる声を出しながら投げながら大谷選手の気迫溢れる投球で試合は始まり、やはり大谷劇場で始まって大谷選手で東京プールの戦いは幕を閉じるのかと思いましたが、現実はそんなに単純でもなく、全員野球でマイアミビーチの切符を手に入れることができた素晴らしい試合でもありました。
最初の得点は3回の裏、近藤健介選手ファールボールの後、誰もが予想しない大谷選手のバント成功により先制点の口火を切りました。
今回から代表チームの重責を担う吉田正尚選手のショートゴロアウトの間に1点を得点して、その次のバッター岡本和真選手の3ランホームランによって4得点。
これで試合は決まったと思いましたが、その後イタリアが大谷投手を攻略して4−2と接戦することになります。
そんな4回表のイタリア選手の打つヒット性の長打を壁に激突しながらキャッチする吉田正尚選手のファインプレーが私の中の昨日試合のベストプレーです。(ラグジュアリープレイヤー吉田選手)
あの時にボールが抜けていたと考えれば、全てのゲームがひっくり返ってもおかしくなかったキーポイントであったように思われます。
本当はドラゴンボールのように壁にめり込む吉田正尚選手画を描きたかったのだが画力が足りなくて描けなかった。
キャッチする姿がどのような感じだったのか確認したくてニュース写真を調べていたら、謎の「ラグジュアリー吉田」の記事を見つけます。
「プロレス女子48党を結成する 富・権力・水着美女 全てを手に入れた59歳の勝ち組プロレスラーラグジュアリー吉田が水着ディーバの無制限増殖を宣言」という記事である。
中身を読んでも全く意味がわからない面白記事ではあります。「最高ですBy岡本選手」
世の中にはまだまだこんなにも訳のわからないものが存在していて、世の中は捨てたものではないと思う。
ある意味、代表選手は皆、ラグジュアリストといっても過言ではありません。
昨日の試合のベスト・オブ・ラグジュアリストは吉田正尚選手であったと思う。
そして、この試合も勝利の女神がどちらに微笑むのか混迷を深めた試合の中でゲームを決めたのが、今回あまり目立つことのなかった村上宗隆選手や岡本和真選手たちでもある。
その意味では海外勢のヒーロー選手が国際試合で固くなったチームを引っ張り、野球職人がチームの土台を支え、そのような眩い光の影に隠れてしまった目立たなかたった選手がここ一番の一番苦しい時に活躍して全員野球をしたとも言えるような気がします。
ピッチャーの投げるスライダーやカットボールは何のことかわからない。
落ちるボールのフォークボールとストレートだけは知っている。
何も知らない私が野球を語って本当にm(__)mTではありますが、そのような、にわか野球応援団にも美しく思える激熱な試合でありました。
少々興奮気味の試合だったのでなかなか寝つけない夜でもありやんした。

 
■2023年3月17日(金)
■アバウトな針。
■2023年3月18日(土)
■一日一文章トレーニング。

「一挙手一投足をメモってこそのメモ魔である」

本来日記とはこんな感じであるのかもしれない。
これは遠い昔に書いた旅日記の1ページ。
読み返すとヒスパニック?ブラジル系?のガールズバンドCSSにハマっていた時代が蘇る。
何々がかわいくて、誰々もかわいくて、何々を見つけて、こんなことがあったのだと日々の他愛のないことについて書いてこその日記でもある。
手描き絵の雑な感じはB級ホラーなアナベルの友達みたいな感じでもある。
※アナベルはA級ホラーなのかもしれません。
このような不気味な絵日記が幽霊屋敷から出てきたならば、人はたいそう恐怖するであろう。
日記があったということはそこに人の気配を感じことになる。
過去の怨念がこめられた日記かもしれないと何かしらの意味付けをするかもしれない。
おそらく、5万と存在する現象に対する意味付けのほとんどは考えすぎかもしれなくて、ほとんどは間違っているのかもしれない。
大体、ホラーというのはアナベルが深夜パッチリ目を覚まし、廊下を人の視線に入るか入らないかのギリギリの線を走って何気に存在感をアピールしても、それに気づかない鈍感人間にどんどん行動がエスカレートしていくお話なのかもしれない。
そして、ついに寝込みを襲い恐怖のどん底に叩き落すいたずらをすることの自業自得で不気味に思った母親がゴミ箱に捨てるとアナベルちゃんは激おこ!で子供部屋に自力で戻って母親にとてつもないグロイお仕置きをするお話のような気もする。
そのような意味に於いては「トイストーリー」とは広い意味でのホラーである。
人の目に見えない場所で玩具がアクティブに動くことは間がいもない恐怖でもある。
魔界に取りつこうとするアナベルと戦うのが人間ではなくて、ぬいぐるみ戦隊アベンジャーズであればトイストーリーとなり、人間が直接アナベルと戦うとなればホラー映画となるファンタジーとホラーの分岐点なのかもしれない。
しかし、人対人との恐怖映画というものも確かにある。
それは犯人の姿が見えなくて実は身近にいた話であるとか、お面をかぶり追いかけて来る恐怖アイコン化することで成し得ているようにも思えます。
私が小さい頃に家の隅の闇や幽霊のようなものに恐怖していたら、父が人間こそが一番恐ろしいものであると言っていましたが、子供に「人こそが一番の恐怖である」と教えることとは馬の耳に念仏であるように思える。
ホラー映画よりも最も怖いことは、私がアナベルを一度も観たこともないことでもある。
よく知らない物語についてホイホイと雑に筆が進むことは一種の病気かもしれない。
これこそが毎日の「一日一文章トレーニング」で磨き上げられる技術でもありテキトウさの結晶なのかもしれない。
面白いことは毎日文章を書いていても誰もこの件について決して触れてこないことである。
それはOneDriveやマイクロソフトアカウントに触れぬことの祟りなしなようなもの。
これこそ、アナベルの日記を超える真の低級ホラーであるのかもしれなくて「一日一文章トレーニング」とは一種の禁域や祟り部類なのかもしれない。
アナベルになっては絶対にダメ!!であります。
アナベルダメ!!絶対ダメ!!byベビメタ

「ヒーローインタビュー・ヒーローインタビュー」
「どうしたら、毎日続けることができるのでしょうか?」
答え:「気合と根性です!」
「どのようにストーリーを考えるのでしょうか?」
答え:「気合と根性!と日々の適当サーと日々の探究サーです!」
「明日も頑張って下さい ヒーローインタビューでした」

ということで。

侍Jのダルビッシュ有選手も大谷日記を書いているという記事を発見しました。
本当かどうかわからないけれども、ダルビッシュ有選手が大谷選手の一挙手一投足をノートにメモっているらしい。
10人いれば1人はいるかもしれない書記官な世の中で、ダルビッシュ有選手は何でもメモ魔仲間の一人なのかもしれない。
ノートを色分けで使い分けるサッカーの長谷部サンもそのような一人であると思います。
スポーツ選手のメモ魔とは将来の監督業を目指す行動の一つとしても分析できます。
それは大谷選手にとっては恐怖かもしれないが、行動の一つ一つがノートに記されることは王様や将軍職のような名誉でもある。
私のように頭の中をフルオープンにしても棒の端くれにも当たらない人間もいることに比べてもとてもラッキーな事でもある。
私なら飛行機内の選手の寝顔を日記に描くのかもしれない。
いやいや、「今日は誰がベンチで屁をこきやがった!」などを日記に記すのかもしれない。
「あっ!」
そういえば、本当にベンチで大谷選手とヌートバー選手と吉田選手がベンチ内で屁を巡り発信源を特定している映像を教えてもらった。

https://www.youtube.com/shorts/eMm9ifykuJk
大谷選手「うっわー(何くってんねん?)」
ヌートバー選手(苦笑い・パタパタと扇ぐ)
吉田選手(後ろの席で白い歯を見せながらの笑顔)
アナウンサーB「すばらしいピッチングでしたね」
アナウンサーA「ヌートバーも近藤選手もベンチに戻って笑顔で見守る中・・・」
の仲良く談笑発言で草〜。

もしかしたら、ダルビッシュ有選手の日記にも「〜月〜日〜曜日、今日大谷選手が吉田選手の屁に草ッ(クサッ)と戯れていた」との記載があるのかもしれない。
レジェンド大谷選手に屁をかます吉田選手の白すぎる歯が結構笑えます。WWWBS・・・S?

今さらですがWBCの間違いであった!!\(WbC)/

 
■2023年3月18日(土)
■オサレガール。
■2023年3月19日(日)
■一日一文章トレーニング。

「一つまみで掴めるお菓子の数」

柿の種を食べる時、1回で掴める柿の種の数は最小で1個、最大に掴かんでも4粒程である。
だから、その間をとって2〜3個を一掴みしてポリポリとゆっくり食べることが柿の種を食べる流儀でもある。
最近、ネタ仕込みの為にお菓子の一つまみの数えるようにしていますが、そうすると、数を数えることが面倒になりベビースターを食べなくなっていた。
お菓子を食べることに注目すると、ボリボリとお菓子を喰らうその様は何ともワイルド。
粉や欠片はポリポリとその辺りに飛散して、お菓子を掴んだその指はペロペロと舐められて、どこで拭くのかと考え出すと気になって仕方がないお菓子の食べ方。
その面では柿の種とはよくできたお菓子です。
昨日は久しぶりに柿の種を食べましたが、あれは粒が大きくて数えやすい良いお菓子です。
柿の種ぐらいの大きさがあれば流石にポロポロとお菓子を落とすこともありません。
そして、柿の種の表面にはベタベタと手にひっつく味付け成分が塗られていて手を離してもすぐるに落ちることもない。

大体のサイズ感は確かに存在していますが、柿の種の1粒サイズを正確に答えることのできる人は何人ぐらいいるのでしょうか?
早速、計測してみます。
サイズは2.5/2.4/2.4/2.5/2.4 センチということで、適当に手に取った5粒の平均サイズは2.44センチ。
ぱっと見ですが、2.5を超えるビックサイズは存在していないような気もしますので、メーカーによっても微妙にサイズは異なるのかもしれませんが、型サイズは2.5センチに収まる半月状のお菓子が柿の種業界のサイズ感なのかもしれません。
昔、何かの番組で柿の種の誕生秘話を観たことがあります。
大切で高価なお菓子の型を誤って踏んづけてしまい変形させたものでお菓子作りに再利用したならば「案外いいじゃん」ということで、失敗からの大逆転でバカ売れして他社にも真似する国民食な柿の種の誕生話だったような気もします。
たぶん、ネットを検索すればあると思います。
実際の柿の種はもっと丸くて大きいコロコロとした感じもするので「柿の種 本物」と検索したならば、やっぱり微妙に形状は異なります。
今や日本人のほとんどは柿の種と言えばこのカタチをイメージします。
その意味では失敗から生まれた柿の種のカタチは、今や日本文化の共通認識を形成するようなとてつもないデザインであるとも言えます。
柿の種とは、ネーミングと形状が秀逸的であり、それ以外にもサイズや味や手にくっつく味付けなどを含めてもよくよく考えて作られたお菓子です。

ということで、

過去に収集したベビースター案件を回収して追加情報も加えて、べビースターは一つまみで何個位掴めるのかを再計算しました。
今回は柿の種やピーナツも一粒にまとめます。
最後の袋ごとガサッと口の中に入れる個数はカウント数から除外して、あくまでも一つまみで持てるお菓子の数で「一つまみで持てる数」を数えます。

ベビースターは平均41個を一つまみで持つことができます。
41個とは相当な数であります。
一つまみで約40個の細かいものを掴むことはとてもクレイジーなことです。
前回の結果からもボロボロと落して然りなベビースター。
経験則から判断すると最初は大きなものがあるので、MAX最大数で掴むことはできませんが、3投目で掴める数も減少して、中粒なものが増えてきた中盤で最大数を掴むことができ、終盤のあまりにも粉々に小さくなったベビースターは掴むことさえも難しいので、袋ごとザザッと口の中に放り込むような感じになります。
とはいえ、沢山の個数を掴みたいと思う意気込みさえあれば、案外掴むことができるのもベビースターというお菓子の特徴です。
一回一回、たくさん掴もうと努力した場合は9回掴みで、普通に食していた場合には12回掴みで手づかみフェーズは終了となります。
どちらの場合も3回目に掴める個数が減少している部分は気になります。
3回目の一つかみが25〜27個掴みとなることは掴むベービースターのサイズに関係あるのかもしれなくて、大きくてカタチの良いベビースターは壊さずに大切に掴みたくなることが、たくさんの個数を掴めない理由なのかもしれません。
全体で平均すると41粒、如何にベビースターが細かく数の多い量を掴みながらボリボリと食べていることがわかります。
最大MAX掴みが7投目の80粒で、最低掴み数は11投目の18粒となる。
それが何だと言われると、何でもないことなのですが一つ面白いことに気づきました。

つづく。

 
■2023年3月19日(日)
■新しい猫画を開発した。
■2023年3月20日(月)
■一日一文章トレーニング。

「色って何だろ」

春なのに黒っぽい服を着た人達は案外多い。
何色の服を着ようともその人の自由ではあります。
ですが、東京に来て以来、私のような地方人が街歩きで時折怖く思う瞬間がある。
私の場合、黒くてモノトーンな服の人たちを群衆単位で見た時に微妙なる心の不安を感じます。
初めて東京の満員電車に乗った時に、車両に黒やモノトーンでコートを着こんだ人達に囲まれて、それら服装が迷彩服な戦闘服のように見えてここは戦場かと怖く思ったこともあります。
それは強ち、間違いないのかもしれない。
昔、東欧に行った時にも霧が覆う灰色の街にハンチング帽をかぶり、色のないコートを着こんだ人たちが行列を成す風景を見た時にも同じよう不安を感じました。
ですが、このような不安はファーストタッチの一瞬で慣れて忘れてしまうのでもあります。
昔は黒っぽい服が流行すると好景気の証でもあるという都市伝説もあったようですが、東京の街とはいつでもいつの時代も黒やモノトーンな色の人たちで溢れているような気もします。
ある意味、東京にいれば不景気感を感じることなく過ごせるといっても過言ありません。
ですが、街の看板や電車広告の減少などを見れば、街の表面に現れにくい景況感の一端を見つけることもできます。
見える景色が本当の姿であるのかというのは別次元の話でもあります。
世界的にみても金融機関の破綻や今まで世界を牽引してきた大手IT企業の大幅な人員整理、勿論ウクライナ戦争もあって良いニュースは少ないかもしれません。
一方、日本では不況下のインフレ・賃上げという毎度ながらのお話が溢れていて本当に大丈夫なのかと思ったりもします。
そのような暗い服に囲まれる感覚とはイギリスのサッカープレミアムリーグの応援団をネットで観た時にも感じました。
イギリスのサッカーと言えば、フーリガンを思い出しますが、満席のプレミアムリーグの座席は結構年配の黒づくめのおじさん達がすし詰め状態でグランドに登場する選手達に熱い拍手を送っています。
そのような映像を観ると東京の満員電車に乗った時のあのモノトーンな感覚や香りが蘇ります。
スポーツの応援はカラーで整えてやるような風潮もありますが、英国流のスポーツ応援とはチームカラーのマフラーを巻くぐらいなのかもしれません。
これはあくまでも動画を観ただけの感想であります。
別のチームであればまた異なる景色を見ることができるのかもしれません。
それが良い悪いという意味でもない。
むしろ、あの熱い歓迎の拍手は好き部類でもあり猫の応援団としてWBCも応援しています。

ということで。

殺風景かもしれない部屋のワンポイントカラーはこの二つ。
プレイステーション5のビビッドなピンクのコントローラーとノートパソコン用の黄色のマウス。
この二つが部屋の中にあるだけで、アーノルドパーマーの服のワンポイントなアクセントのように部屋が映えます。
このような派手な色の商品はそんなに売れないのかもしれません。
先日のイベントで黒と紫とピンク色軸のシャーペンを投入して、どの色が一番売れたのかと調べると黒色のシャーペンが一番、たくさん売れました。
無難な黒が一番たくさん売れるということは、何か私が前述のように一抹に感じるモノトーンな不安に通ずる何かを感じます。
以前から黒・青・赤・緑と商品があれば、一番売れる色は黒と青で、一番売れない色が緑色となります。
緑色の商品が売れる時期はこれからの新緑がキレイに息吹く時期にはよく売れたりもしますが、全体として不人気な色でもあります。
逆に欧米などに行くと深く渋いグリーンや鮮やかなグリーンなグッズや服をよく見かけるので人の好みの違いとは文化単位でもあるのかもしれないと思ったりもします。
これは目立つ色ではなく「浮かない色」を好むの国民性なのかもしれません。
服装や色ぐらいで「出る杭」は打たれることはないのかもしれないと思うかもしれませんが、世の中にはいろんな人たちがいるものです。
「服なんて何でもいいよ」なんて言えない自己防衛が必要な雰囲気は確かにこの国にはあります。
そのような過剰防衛による副作用がこの国の根底に流れているものなのかもしれんません!!
私は小さい時から結構緑色は好きな色でもあります。
戦隊もののお人形さんなどを買ってもらう時には種類が多くて迷った時には緑色ものヒーローさんを選んでいました。(一度だけですが)
たまには、派手な色ものを買ったりとすると、確かに買ってから後悔するのも派手な色の特徴でもあるので、無難な色に落ち着くということも確かにあります。
どうなのでしょうか?

 
■2023年3月20日(月)
■明日朝の侍ジャパンのマイアミの戦い!に備えて多数の野球応援団を結成しました!!
\(WbC)/
おにぎりパワー付き!!
■2023年3月21日(火)
■一日一文章トレーニング。

「ものスゴイ!!試合で感動しました888888」

メジャーリーガー揃うメキシコの強力打線に3ランホームランを先制されてから、毎回塁には進めることはできるものの、なかなかに得点に結びつけることのできない苦しい展開。
毎度大変な激闘を制して来た選手を応援してきた私達なので3点差ぐらいではめげません!
3点ビハインドの重石は吉田正尚(侍打法)選手の同点3ランホームランで振り出しに戻します。
ですが、その次の回の8回表メキシコの攻撃によって再び2点差に得点差を広げられます。
だがしかし、2点差なんて何のその、まだまだめげずに応援します!
勝ち筋を見出せない苦しい試合を決めたのは9回最後の村上宗隆選手のサヨナラヒットでした。
いやはや。
とてつもない試合でした。
https://baseball.yahoo.co.jp/wbc/game/2021014493/text

予選試合でも最後まで諦めない闘志を何度も私たちに何回も見せてくれた選手たちのことであるからにして、9回最後の攻撃に必ず逆転勝利のメイクドラマを作ってくれるとは思っていました!
野球とは最後の1球目までわからないと言いますが、正にそのような試合でした。
吉田選手の同点3ランホームランは、正直、野球の神様は日本チームに微笑みかけたと思いましたが、「またお前なのか」と何度も何度も悉く日本のチャンスの芽を摘むメキシコ・レフト選手によって運命はどんどん遠ざかるような気もしていました。
試合の流れはシーソーと言う訳ではなく、終始メキシコチームに寄りであったように思います。
そんな、常なる逆境をひっくり返して勝ったことは物凄い勝利です。
そんな中でも最後の最後まで前を向きチームを奮い立たしていたのが大谷選手だったと思います。
9回裏の最後の攻撃で大谷選手が2ベースヒットを打って大きく吠えていた時に、その叫び声はチーム全体、応援している私達一人一人にまで「ゲームはまだ終わっていないぞ・これからだ」と響いたように思います。
運動時の声とは言霊が籠りて、とてつもないパワーを発揮することは確かにあるのかもしれません。

全員野球とは正にこのような試合であるのかもしれなくて、最後の最後まで諦めない侍戦士の戦いぶりを観ることができてとても感動しました。
勝敗に関係なくとも気迫ある良い試合でした。
試合も終わり随分経ちますが、今尚、興奮は収まりません。

そして。

村上選手のセンターに飛ぶあわやホームランかと思われるような長打を打った時に、私は座っていた椅子に足をのせて高く飛び上がり天井に手が届くガッツポーズをしていました。
普通に飛んでも手が届かない、まーまーな高さのある天井ではありますが、そんな天井に手が届いたことは、それはある意味びっくりの跳躍力です。
日本中で、びっくりする跳躍や様々なガッツポーズが行われたことは間違いありません。

いつもスポーツを観ていて思うことは、あんなにも静かに粛々とゲームは始まり、最後はたくさんの熱気を包まれてゲームを終えるスポーツとは何ともはすばらしいものであると思います。

明日朝の決勝戦も侍戦士が戦うマイアミに向けてビックウェーブな応援を送ります。
\(WbC)/
勿論、おにぎりパワー付き!!ですよ!!


 
■2023年3月21日(火)
■野球日本代表ガンバレー。
\(WbC)/明日もガンバレー
勿論、おにぎりパワー付き!!


■2023年3月22日(水)
■一日一文章トレーニング。

「wbc優勝おめでとうございます!!」

どの試合も一喜一憂する手に汗を握る最後まで結果のわからない(打ち合い・投げ合いな)試合でした。
にわか野球応援団を結成して、瞬く間に侍Jが優勝する瞬間を見てしまう幸せとは長年応援している人達には申し訳ないような気もします。
ですが、毎度、人一倍の応援とガッツポーズで跳ねておりました。
正直、途中で負けてしまった場合に、どのような文章を綴れば良いものかとの思いも確かにありました。
ですが、最初のヌートバー選手の全力プレーを見た瞬間に、こんなにも一生懸命プレーする中での勝ち負けとは運もあってのことなので、どうでも良いことなのかもしれないとも思いました。
「勝ちの数だけ負けの涙」があるのが勝負ごと。
皆、それをわかってやっているのがスポーツ選手でもあります。

やはり、祭りとは積極的にのってこそのお祭りなのかもしれなくて、この数週間はとても楽しい毎日でした。
自分のことではなく、他人のプレーでもこんなにも熱くなれるのもスポーツです。
選手たちは当然自分の為の戦いでもあるのですが、国際試合とは日の丸と一緒に「公共性」も背負うことになります。
世の中、公共性の部分の少ない人(ビジネス人)ばかりがメディアなどに出ていることを鑑みると、その辺の公共性のある人と・ない人の差が考え方を大きく分ける境界線の一つであるようにも思えます。

よくよく考えれば、野球のレフト・ライトもわからないレベルの私たちです。
ピッチャー目線の映像に慣れているので、当然ライトとはピッチャーから見て右側の守りの選手かと思っていたら、その選手はレフトポジションでした。(驚き)
要は野球の目線とはバッターボックスから見た世界で成り立っています。
私たちがピッチャー目線の映像に慣れているが故に、本当の野球とは異なる目線で野球を見ていることになります。
実際に野球球場に観戦に行くとストライク・ボールのカウントもなくて、TV観戦の方が見やすくて随分不便なようにも感じます。
だがしかし、これまた異なる目線の俯瞰目線で眺める球場の美しいグリーンと空気感とは何とも言えないものもあります。

そして、

映像を観ていて日本代表チームのユニフォームが単なるストライプ模様でないことに最終試合で気づきました。
それは紺色と赤色がクロスして繋がった模様線です。
デザインには何かしらの意味があるのではないかと考えるのが私たちであるとすると、赤色は日の丸の赤であり、紺色は少しわからないのですが、伝統的な高校野球から通じる野球色なのかもしれません。
映像を一瞬観ただけと、ネットで検索した模様だけなので、実際異なっていたらm(__)mtです。
私はそのような色の異なる線と線が糸を紡ぐように交差するデザインの意味は、一つのワンチームを表しているようにも思いました。
本来、単なる一本の線であれば良いものをわざわざ交差するデザインにするにはそれなりの理由があるはずです。
遠目には1本の線のように見えても近くに寄れば、異なる色の線が交差するデザインに込められた“願い”とはそれはたぶん、いろんなチームから集まった選手たちがクロスしながら1本の太い糸のようになって欲しいとの”祈り”のような気もしました。(追記:野球の遺伝子?)
何の根拠もない勝手な分析ではありますが、それがたぶん「野球愛」なのだと思います。

ということで。

米国と優勝決定戦はホームランと投手陣との投げ合いで、これまた最後の最後まで結果のわからない激闘でした。
村上選手の特大ホームランに目が点になり!
岡本選手のホームランでこの試合には勝つことができました!
追加点が取れない中での山田選手の盗塁もチームが守備的にならないように伝えているようにも感じました。
9回表大谷選手がピッチャーで登場し最後の1点差を守り切って勝利しました160キロの投球でトラウト選手との真正面勝負は痺れました。
よくも、あんなにも緊張する試合の中で一人でマウンドに立って投げれるものだと思います。
そして、そのようなドラマを私たちに見せてくれた監督の采配にも驚かされました。
ありがとうございます!!
\(WbC)/

 
■2023年3月22日(水)
■1本に見える線は実は2本の線で出来ています。
■2023年3月23日(木)
■一日一文章トレーニング。

「万年筆の汚れた洗浄インクは紫外線により分解されます」

季節の変わり目とはお掃除の季節でもあります。
何かを片付けるとゴロゴロと出て来るものは書けなくなったペン類でもあります。
中にはカラカラに乾いてしまった万年筆も潜んでいるのかもしれません。
ペン先を触るとインク色が手につくのでペンが乾燥した万年筆か否かはすぐにわかります。
ペンを分解して空っぽになったインクが挿入されていないかを調べることでもわかります。
そのような万年筆たちはキレイに洗浄することで、新品同様のペンとして再利用することができます。
なので、書けないからと言って万年筆は絶対に捨ててはいけません。
(ダメ!絶対に捨ててはダメ!洗って再利用しましょう!)

万年筆を毎日使い続けることは手帳を毎日書き続けることぐらいにハードルが高いことでもあります。
これは毎日手帳を書き続けることのできない人間が、たまにしか使用しない万年筆のインクを乾燥させてしまう横着人の宿命であるよう思われてしまうのかもしれません。
しかし、
万年筆のインクは水溶性のインクでもあり、机に落ちた水が自然に乾燥していくように、ペンの中のインクも常に蒸発して乾燥するのが水性インクの宿命でもあります。
万年筆インクの渇きとはズボラ度合と関係なく自然現象として常に少しずつ蒸発し気付いた時にはミイラのように干からびて引き出しやペンケースの中で埋もれていたというのが、大体の世の中に存在する万年筆の在り様でもあります。

今日はそんな万年筆たちは気付いたらキレイに洗浄してあげようというお話でもあります。
先ずは、ほったらかしで乾いた万年筆を見つけたらならば、分解できるものは分解し、分解できないペンはそのままにぬるま湯を溜めたビンの中にポチャンと浸して水溶性の固まったインクを溶かします。
固まったインクは目に見えるカタチでボロボロと水に溶けて落ちていきます。
この瞬間はとても楽しい瞬間でもあります。
お湯の中でペンをゆすると、さらにインクの塊が崩壊し溶け具合も良く見えてお湯、又は水がインク色が染まっていきます。
後は暫く放置しておけば、ペン先の奥の奥までインクまでキレイに溶けて新品同様の状態となります。
※カートリッジ式のローラーボールペンではこの方法では洗浄できませんが、機会があれば、その洗浄方法を記載したいと思います。

ほったらかしで乾いてしまった万年筆をぬるま湯につけて、暫くほったらかすことは簡単なことでありますが、インク色で汚れた水を下水に流すことは少し気が引けるものでもあります。

先日、そのような洗浄したインクをよく日の当たる場所に置いて、何かのネタ用の写真として使えないかと思い撮影しました。
そして、そのまま忘れて放置して夜を迎えたならば、青インクで染まった水が透明の水になっておりました。
恐らく、太陽光の紫外線が青インクを分解したのだと思われます。
紫外線とは何とも恐ろしい分解力を持つものであります。
ペンのインクとは発明当時から常に紫外線との闘いであるとも言えます。
如何に退色しない長く月日を重ねても紙の上に記録を残せるインクとは人類の悲願でもあります。
そんな長く研究されて紫外線にもより強くなった黒いインクや青いインクがいま私たちが利用するインクでもあります。
そのようなインクといえども、水に薄まってしまえば紫外線の前ですぐに分解されてしまうものであります。
通常のまま、日の当たらない室内に置いておくとインクで染まった排水を流すことになるので、紫外線で分解された透明な水は気持ち良く下水に流すことはできます。

ペン洗浄時の瓶は窓辺の陽当たりの良いところに置いておけば、万年筆がキレイになる頃には捨てる水もキレイな透明色になります。
長時間太陽光に万年筆を晒らしておくと万年筆のプラスチックも紫外線によって分解されるかもしれないのでご注意を。

 
■2023年3月23日(木)
■紫外線でインクの汚れ水を分解できました。

■2023年3月24日(金)
■一日一文章トレーニング。

「人とは古の時代から案外何も変わらないものなのかもしれません」

早桜はもうすでに満開を過ぎて枝桜や葉桜となりますが、ソメイヨシノの満開はこれからが本番です。
今週末は絶好の花見日和のはずです。
ネタ不足の切り札としての百人一首の中にも桜にまつわる歌を見つけます。
すると、平安な時代からご先祖様たちも花見が随分と好きだったことが推測できます。

「久方の
ひかり のどけき
春の日に しづ心なく
花の散るらむ」  (紀友則・きのとものり)

訳:太陽も随分長くなった のどかな春の日に 静かさのない感じで 桜は散るのだろう

いやはや、本当に桜の季節とは騒がしいものであります。

紀友則は紀貫之のいとこで「古今和歌集」の選者で「三十六歌仙」の一人でもあります。
謂わば、和歌界の重鎮です。
そのような存在をディスることのできる世の中とは、何とも素晴らしき開放感があることです。
何度も熟読すれども写実的で前回の道綱の母と比べても背景に広がる人間的な修羅場等を見出すこともできない面白味のない歌でもあります。
「久方の光」のキャッチーな光にかかる枕詞がこの文章の醍醐味で、貴族が詠む風景の美しさや当時の世俗を推測する歴史的な意味はあるのかもしれません。
今日も桜の木の下は人・人・人の人混みで混みあって「静づ心ない」感じはいつの時代も不変的な出来事なのかもしれません。
紀友則はそのような騒がしい風情を詠んだとすれば、それは今も昔も変わらない日本列島で広げられる桜を巡る騒がしさを「やれやれ」と斜めに詠んだのか?それとも、もっと久しく(長い間)美しい花たちを私たちに見せてくれと詠んだのでしょうか?
どちらなのでしょうか?
とりあえず、日本人は桜が大好きで、外国の方々も皆桜が大好きです。
今回のWBCの「野球と桜」も老若男女人々が楽しめるという面では共通点はあります。
空想上の紀友則の顔を描いてわかったのですが、野球選手の顔とはサッカー選手の顔と随分系統が異なって、どちらかと言うと平安貴族っぽい顔の表情があるように思われます。
これはメージャーリーガーのトラウト選手でも何か平安顔を連想することができるので、野球系統の顔とは確かにあります。
セカンドバックを持たせれば、奈良・平安時代の役人や貴族も毎日、このような感じで通勤していたのかもしれません。

ということで。

お金持ちの象徴みたいで野球選手がよく持っているイメージもするセカンドバックとは不思議なバックです。
ナニワ金融道から野球選手、平安貴族までセカンドバックを持たせても三苫の1ミリよろしく違和感なし。
セカンドバックはボストンバックに付属するバックとして生まれたようで、今では「クラッチバック」というお洒落な呼び方もするようです。
私的にはこの小さくて薄いセカンドバックに何が入っているのがとても気になります。
さっそく、グーグル先生に教えを請います。
スマホ・ハンカチ・サイフ・コインケース・カードケース・キーケースや小さなお菓子等をスマートに入れることがクールな大人の着こなしのようです。
決して、入れすぎないことが重要なようではありますが、私が使用するとほぼ何も入っていないか、若しくはプーマのシューズケースのようにパンパンと膨らんだセカンドバックという別物なバックになりそうです。
アニメキャラなどでもセカンドバックを持ったキャラはいないのかと思い出しますが、レオリオのバックなどは思い出されるのですが、あの小さなバックをセカンドバックとは呼べるのかどうかわかりません。
そして、小さなバックの中にさらに、小さな収納された物たちを並べて几帳面に仕分けすることとは横着には決して真似でいないことでもあります。
そのように考えると、ポケットに札束やコイン、鍵をジャラジャラと入れているような横着人種よりもセカンドバックを持ち歩く人たちの方が大雑把ではない細かいことも丁寧に対応できる人たちのようにも感じます。
いやはや、持っているバック一つでも人間性や経済力がわかるかもしれないこととは何とも恐ろしい世の中でもあります。
何の話なのか?紀友則から桜、桜から野球に、そして野球からセカンドバックへと何とか継投することができて良かった・良かったななお話しではあります。

 
■2023年3月24日(金)
■平安野球。