■2023年1月1日(日)
■一日一文章トレーニング。

謹賀新年
明けましておめでとうございます
新しい年を迎え皆様のご健康と
ご多幸をお祈りいたします
本年も宜しくお願い申し上げます
令和五年 元旦

by scos
■2023年1月2日(月)
■一日一文章トレーニング。

「たちつてと構図」

いやはや。
1月1日元旦とは暇すぎでビックリ!!
時間の流れも超高速ギアで回り気付いたら今。(今日は振替休日です)
あまりにもすることがないので東京アベンジャーズのアニメ版を観ます。
映画の実写版は観たことがあったのですが肝心な原作漫画やアニメ版を観たことはありませんでした。
なので、実写版の演技や世界観がとても似ていたことにビックリ!!
原作から入るのか?実写の拡販版から入るのか?
往年のファンの人たちにとれば邪道な問いではありますが、これはニワトリが先か卵が先かみたいな気もします。(全然違う)
大体に於いて実写版を観た時もアベンジャーズな題名から学ラン特攻服来た不良がヒーローに変身するお話だと思って鑑賞しておりました・・・ちょっと勘違い。
お正月の暇な期間であるが故のアベンジャーズ日和。
「ひよっている奴はいねーよな」のセリフが凄く好きで、アニメの中でも「ひよりがくるー」と身構えていたのですが意外とあっさりとした一つのセリフでした。
私の好きな「ひより」話は演技する人の力量から生まれた言葉のようです。
1月7日からアニメの続編が始まるみたいです。

ということで。

ナゾの海外サッカー動画や東京アベンジャーズを観ながら書初めの内容を考えます。
初物とは何とも有り難いものであります。
2023年の初夢はまだ見たことのないヤクルト1000を駅の売店で購入するという謎夢。
そのような禄でもない初夢を見る時点でこの一年も思いやられます。
スーパー行ってもヤクルト1000のコーナーはいつも空っぽ。
ヤクルト1000って一体どんな飲み物なのか?気になる・気になります。
ちなみに「the first」で始まる英語を検索したら和ものファーストテイクやスラムダンク、初売りや初物の類がイッパイ出てきます。
初夢、初詣、初日に初恋、初日の出に初音みくと日本人は初物信仰が強すぎます。
海外にこのような初物信仰は存在しているのでしょうか。
ひねくれ者は3・4・5・6番と日常になったものを大切にする必要性を感じますがどうなのでしょう?
そういうことで「(え)かきぞめ」を書き・描きました。

つらつらと書き
たらたらと歩く
ちらちらと見て
とらとらと吠える
ゆえに
てふてふと飛んでいる

令和5年は全てのみんなにとって良い一年になりますように(祈り)

なんたる様式の書初めではありますが一年の抱負として書かないよりも書く方が良いに決まっております。

 
■2023年1月2日(月)
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■2023年1月3日(火)
■一日一文章トレーニング。

「一人福笑い絶対にダメっ絶対に」

お正月早々笑顔溢れることは幸せなこと。
「初笑い」とは初物の中で唯一無二なものであります。(崇高な笑い)
おそらく100人に1人は勘違いしたであろうマーベル期待値な映画タイトルが予想と違って面白かったことでも、絶対に購入することができないドリンク1000の初夢でも少し力不足でありやんした。
初笑いには一年の福があるのかもしれなくて伝統に則るとそれは福笑いの遊びにあるのかもしれません。
昔の子供たちはお正月に目を隠して目鼻口を並べて遊んだそうです。
令和5年お正月の今、どのくらいの人達が福笑いを楽しんだのかをツイート検索すると妄想福笑いを含めても日本の伝統行事はまだまだ健在のようです。
福笑いキットは持っていませんが、目をつぶり文明の利器(リンゴパッド)に似顔絵を描くことはできます。
「一人福笑い」に挑戦します。
1月3日の午前中、ゴソゴソと「一人福笑い」を試みることは何か禁断の交霊術をするような危ない感じです。
人類を危機に晒すような魔王を召喚してしまったらm(__)mt
この世界にはたくさんのヒーローがいるのできっと退治してくれるはずです。

さて、誰の顔で「一人福笑い」をしましょう?
有名人の似顔絵で初笑いとは新年早々不謹慎です。
ならば、架空のオーランド・デ・リオを描いてみようと思えども顔を知りません。
ここはやっぱり伝統に従っておかめさんを描くことが吉です。
おかめさんの別名はお多福とも言います。
福がたくさん詰まったおめでたいお名前。
当然おかめさんを今まで描いたことはないのでしっかりと暗記します。
そういえば、英国には有名なガイ・フォークスの仮面があります。
しかし、日本には“おかめさん”や“ひょっとこ”や不気味な能仮面から“なまはげ”、仮面ライダーのマスクまで古今東西多種多様の仮面が存在しております。
いわば、世界有数の仮面大国と言っても過言ではありません。
1万年後の未来人がそのようなマスクを掘り出したならば宇宙人伝来の根拠と考えるかもしれません。
前にも書いたけど、わいみたいに思ったことを思ったままにアホな文章を毎日書いていても、それは顔出ししていない時点で架空の仮面を被っていることと同義かもしれません。
文章人格とは奥深い人間性の内面を表しているような気もしますが、それが常に本心ではないことも明らかです。
文章とはテキトーに面白く脚色しながら盛っていくものであります。
それは仮面を被っていると言われればそのような気もします。
しかし、思ったことをそのままに薄皮一枚で深い考えもなくペラペラと話すことは仮面濃度が若干弱いような気もします。
思ったことを思うように話していれば、当然、朝令暮改のように昨日の事柄は今日の考えと異なる不一致は起きます。
それは典型的な仮面のすり替えのようにも見えますが、よくよく考えてみると人間の体はミクロ単位の細胞は一分一秒で少しずつ新しく生まれ替わり成長しているものと思われます。
今と明日明後日では微妙な意味で物質としては別人です。
年老いればあまり変わらないのかもしれませんが・・・。
そのような立場に立てば何年も会っていない人は昔の面影を探すだけ無駄な完全なる別人となります。
そのような人と人を繋げるのは過去の思い出であり記憶とは電気信号?なのでしょうか。
物質面では完全に入れ替わり、時の変質を固定するのが契約、法治や文明の空気感かもしれません。
寧ろ仮面を被っている方が毎日変容する自分自身の内面を虚飾してマスクの下に隠していることのようにも思えます。
どうでしょうか。
日本や世界の仮面文化は奥の深い現象です。

<一人福笑いのルール>
1次:おかめさんの絵を暗記する。
2次:髪型と輪郭だけ前もって描いておく。
3次:別レイヤーを作り、そこに目隠しして目鼻口耳とほっぺた眉毛等を描く。

ということで。
福笑いを実行しました。
スプラッシュマウンテンで言う笑いの国と同じようにザッザ〜んと恐怖な間が漂っております。
とても寒〜くて冷た〜い真顔。
これは決して一人では遊んでいけない遊びです。

関係ないけど、令和5年、マロ(お公家様風)眉毛が流行ったら面白いと思います。
「2023年度もうちょっと真面目に文章を書きませう」と思うのですが、ある程度テキに書かないと毎日続けることが困難なことも事実です。
適度な「一人福笑い」とは適当な落としどころなのかもしれません。

 
■2023年1月3日(火)
■ロボット。
■2023年1月4日(水)
■一日一文章トレーニング。

「MY味覚はカリカリポリポリな食感重視」

お正月恒例の美味しい残りものと言えば、それは“かつお節”や“揚げ玉”たち。
残り物に「福」はあるのでしょうか?
年越しそばの“残り揚げ玉”に「福」はあります!!
正か負か」で考えると(負)な食材。
決してメイン素材になる訳でもない引き立て役素材ではありますが、一年に数日だけ我が家では朝食のメイン料理に躍り出ます。

ということで。

今年も食パンに“揚げ玉”や“かつお節”をふりかける季節がやって来ました。
普段はわざわざ揚げ玉を購入することはありませんのでこの時期限定の食べ方です。
この「揚げ玉パン」は毎年言っていることではありますが、揚げ玉をお蕎麦などの汁ものに入れるのはナンセンスです。
私の言い分はただ一つ。
あのカリカリとした食感の食材をふやけた野郎にわざわざすることが許せません。
揚げ玉は食パンにのせてこそ一番光り輝いて活きる素材だと思われます。
以下、完全な独断と偏見による味覚話となります。

大体、そばに油分が欲しければ胡麻油・サラダ油でも何でも油でも少し挿せば済む話であります。
とりあえず、徹頭徹尾油でカリカリになったものがふやける事はゆるせません。
揚げ物のカリカリ感を汁にどっぷり漬けてふやかして食べることはカリカリのフライドポテトをクラムチャウダーに入れて食べるようなものであります。
最近、ポテトフライを全然食べていませんがふやけたポテトも結構苦手。
そのようなポテトを食べたいならば最初からスープに煮込んで作れば良い話です。
そもそも、揚げ玉とは揚げ物の残りカスみたいなもので、とってもカロリーも高そうで体にも悪そうなジャンキー食品です。
そのような危険な素材だからこそ、お正月の残り物としての今だけ食せる旬ジャンキー料理がそそり立ちます。
トースターで焼いた揚げ玉パンにかつお節をかけるとかつお節が踊ります。
実際、昨日の揚げ玉パンにはかつお節をかけるのを忘れました。
大好物の数の子もこの二日間塩抜きするタイミングを忘れて本日の晩飯に向けて、さっき8時間塩抜きを開始しました。
うっかりな面倒事は常に忘れてしまうものですが、お正月料理の残りものの揚げ玉パンを食べることだけは毎年決して忘れることはありません。
それは油の持つママ力(魔力)かもしれませんし、また来年も食べたいと思う美味食感だからこそだと思います。

<揚げ玉パンの作り方>

1)下準備。食パンにとろけるチーズをのせてマヨネーズとケチャップをかける。お好みでマスタードもかけます。
2)パンを焼く。
3)パンが程よく焼けてきたらとろけたチーズやマヨの上に揚げ玉をのせて再び焼く。
4)揚げ玉が焦げないようにチェックしながら焼き目が付いたらカリカリの揚げ玉パンの出来上がりです。
※注意!(1)の段階から揚げ玉をパンにのせるとコゲます。必ず途中のせで焼きます。
5)お正月で余ったかつお節をふりかけると美味しい揚げ玉パンの完成です。

食べようと思うといつでも揃う食材ですが、あまりにも体に良くなさそうなのでお正月期間限定の季節料理です。
写真にはパンの横にビックサイズの揚げ玉の親玉も一緒に写っております。(福)
油+油+油の高カロリーな食べ物は今だけの楽しみです。

 
■2023年1月4日(水)
■ボールの運動。
■2023年1月5日(木)
■一日一文章トレーニング。

「(初)コワっなお話し」

年末のピンポイント大掃除で発掘されたかわいいスウェットを着ています。
しまい込み忘れられたモノが再び使われるようになることは良いこと。
令和5年の新年はそのような楽ちんウェアで室内をうろうろと徘徊して過ごしました。

グレー地に紺色の縞々、ゴムの伸び縮みする部分は紺色でポケットの入り口部分も紺色。
グレーな色彩でノーブランドな寝巻なのに微妙にデザインされております。
寝る時に着るスウェット的な呼び方はいくつも存在します。
スウェット、ジャージ、トレーナー、ナイトウェアにルームウェア、寝巻、寝間着?パジャマ、ネグリジェ、ワンピ、夏はTシャツ半パン・・・。
寝る時に着る服の名前はもっといろいろあるはずです。
そして、そのほとんどが和製英語な雰囲気。
人生の半分は寝ているものなので寝具にまつわるものとはそれなりに重要なことは理解できます。
スウェットとは楽な格好であり、トレーナーとはスポーツの指導者みたいな不思議な名前の部屋着です。
ジャージとは英国のジャージ島で発明された厚手のニット素材が由来で伸縮性のある生地を指します。
上下ピンク色のジャージを着て金髪+前髪にカーラーを巻いて近所のスーパーまで足を伸ばせばジャージ島のオサレ感も完全に和風ヤンキーなテイストとなります。
大体に於いて日本人は縁もゆかりもない当然行ったこともないような遠い異国の地名を使い、さもその土地の名産であるかのような販売方法を好みます。
どのようなネーミングで呼ぼうとも寝巻のイメージするものはどれも家の中でごろごろとできる楽な服装であります。
家の中では裸族みたいなことは考えません。
最低限、全ての人が寝る時に寝巻を着ている前提で書いています。

このスウェットの面白いところは右側から入れた前ポケットは左側に貫通しています。
右から入れた右手は左手のポケットから出てきます。
右手をギブス骨折したようなアピールはできますが、それ以外の用途は思いつきません。
左右貫通したポケットとはパーカーなどではそれなりに見かけるデザインです。
デザインとは常に機能性を求める必要はありません。
この貫通したトンネルポケットにどんな機能性があるかなんて考えるだけでも無駄なこと。
その意味ではデザインとはもっと自由であるべきです。
理由は人間工学な機能美を追求するとどれも同じようなデザインになってしまうから。
そのようなデザインは社会主義国家の配給物のようなもので、どれも使うこと前提の同じような商品が市場に溢れて面白味に欠けます。

家の中にいてジャージのポケットに”もの”を入れることはほとんどありません。
貫通ポケットでは両手をポケットに手を入れると右手と左手を握れます。
ぶるぶると寒い時に両手でサスサスと摩擦すると両手はあたたか。
入れるのは両手ぐらいで寒い時に生地を伸縮させながらジャージのふとももをボンタンボンスリみたいに広げたり縮めたりしながらナゾな動きの摩擦熱を発生させるぐらいの機能はあります。
いやはや、寝巻とは奥の深い着物です。
他人がどのようなパジャマを着ているのか想像できないところも面白いかもと思ったけれども、人の顔を見れば案外、その人のパジャマ姿は頭に浮かんでくるかもしれません。
その意味ではパジャマ占いとは人間分析の一つのジャンルとして確立できるのかも。
その人の寝巻姿を空想すればその人の性格の一端がわかるかもしれない・・・なんだか(初)こわなお話でした。

 
■2023年1月5日(木)
■こんにゃくを捉えました。(こんにゃくゲット!!)




■2023年1月6日(金)
■一日一文章トレーニング。

「新年早々初物を探したら全ての出来事は初物でした」

この一週間は新年の初物を探しながら移動します。
そのような初物脳で気づくことは初物なものとは何でも全て初物になり得る初物です。
新年早々目にするものは何でも初物であるが故に何でもない事柄でもある意味の初物。
初物はありがたく、おめでたくもありますが、それ相応の意味付けやメリットがあってこその初物のような気もします。
初詣は新年の新しい気持ちを確認する行事であり、初売りはお買い得な何かを期待するお買いもので、何かしらの趣味始めは趣味始めな初物です。
何から何でも初物にしたからといって、何でもありがたくおめでたい訳ではありません。

昨日は何か初物はないかと道を歩いていると小さなつむじ風が起きました。
いわゆるビル風という突風で上空の背の高いビルにあたった風が地面に吹き下ろす現象です。
「ビュー」と吹き下ろす強風は一枚の落ち葉を巻き上げて私の体の回りをぐるぐると舞りほっぺに「ポンっ」と当たります。
当然、舞い上がる落ち葉は振り払う対象です
しかし、これは何かしらの初物と考えれば狸や狐、若しくは忍者の変身シーンにも似ている「化かされたような初物」です。
そこは何でも初物脳であればこそ、落ち葉が風に舞うだけでも「追い風がキター!」と能天気な初物にありがたく思うかもしれませんが、昔話風に解釈するとモブキャラがすでに狸や狐に化かされて一両貨幣や大切なものを狸に盗られた後かもしれません。
狸にとって落ち葉を小判に変えることは容易いことです。
何かをすられたとすれば、それは時間が経つと落ち葉に変更しているはずです。
初物とは執着するだけ無駄なことかもしれません。

ということで。

去年拾った桜とイチョウの落ち葉を確認します。
細菌学者が喜びそうな位に葉っぱには菌糸が生えてタンニンもドス黒くて不気味です。
葉っぱはジッパー袋に完全密閉されているのでこの袋の中は一つの宇宙を体現しているように思います。
この落ち葉を捨てることは簡単ですが、時間が経てばもっと不思議な景色を見せてくれるかもしれません。
顕微鏡も細菌情報も何も持っていませんが、どのような感じになるかは気になります。
もう暫く落ち葉の変化を観察してみましょう。
気づいたことは桜の落ち葉の裏はあんまり菌は発生していません。
桜の葉っぱの裏には若干の殺菌作用がある可能性もあります。
逆にイチョウの葉っぱは逆で裏面の方が菌糸が多いのでイチョウはオモテ面の方が抗菌性が強いかもしれません。

「ふぅ〜」
ノーアイデアからでも根性と勢いで何とか書きました。

 
■2023年1月6日(金)
■サンカクかわいい。
■2023年1月7日(土)
■一日一文章トレーニング。

「(初心)場を作ることから全ては始まる by変な踊り」

お正月期間中のNEWパソコンとは常にほったらかしの無起動。
ワンワンな勘が文明の器から面倒事を嗅ぎ取ります。
それはある意味正しい選択でありました。
ですが、いつまでも不都合な現実から目をそむけている訳にはいかないので、私は機動戦士になるべくパソコン設定に取り組みます。
これはそのようなパソコンが使える道具となるまでの手記です。
(序曲)

パソコン設定は二の次もこの次にも先送りしてしまいたいと思う荷が重いものです。
昨日はそのようなパソコン設定をする為に四苦八苦取り組みましたが結局一日で作業は終了しませんでした。
ならば、朝から設定を行えば終わりそうなものですが、常に後回しな案件だからこそ太陽が傾き始めてから行う初物作業となります。
ソフト?アプリ?をインストールだけでももの凄く時間がかかります。
ソフトウェアもアプリケーションも同じような意味です。
ですが、スマホの普及した頃からソフトと言うと「はぁ?」みたいな時代遅れ者のような反応が返ってくるようになりました。
「拙者は古い人間でかたじけない」と小心者な私はすぐにアプリ派に乗り換えます。
しかし、それでも自然と体に染みついた言葉とは自然と体から溢れ出てくるものであります。
それは生まれつきのお上品さを隠せないことと同じでソフトな言葉も自然と口から溢れ出てきます。
(どうしましょう)
といことで、ソフトな言葉が出たならば、ついでにアプリと言う言葉も追加して「ソフト・アプリ」で誤魔化します。
それはプロモーションビデオ(PV)いつの間にかミュージックビデオ(MV)な世の中になり、それを知らないでPVPVPVと言っていたら、その度に軽くMVMVMVと訂正されるPVトラウマ事件と似た感じです。
もしかしたら、そのようなMVでもスマホな短辺動画時代では古くなっているのかもしれなくて世の中の風向きとは常に移り変わるものであります。
そうです。
ギコギコとDVDを読み込む超絶長いインストールしている時点で時代錯誤も甚だしいことに間違いはありません。
そのようなギコギコ音を聞いていると、それに合わせて体も自然と踊り出します。
「レッツ踊ろうよ♪タッチ弾けようよ♪」的な爽やかな踊りではありませんがギコギコとインストールする音はプリミティブな変な踊りを誘発させます。
人間がこの地球な大地に降り立った時から人は自然と体を動かし踊りその心の底から響き心の波動を奏(表現)でてきました。
そして、私の変踊りは決して、誰にも見られていけない秘密の原始踊りです。
ソフト・アプリのインストール中とはギコギコのインストール音に合わせて奇妙な踊りぐらいしかすることぐらいしかありません。
我が祖先の部族が焚火の回りで変なダンスを奏でるように、私もNEWパソコンのインストール中に変踊りで体を温めます。
(第一章大地の踊り)

インストール中、インストール終わりにアプリケーションという奴はログイン名やパスワードを聞いてきます。
当然、横着一族末裔は「ログイン名前やパスワードは何だっけ〜」とさっきまでの陽気な部族ダンスから地獄谷に突き落とされることになります。
「マジで顔パスにしてくれ」と思いながらもパスワードを調べて入力すると当然間違っており「うわ〜」絶望します。
いやはや、いい加減にして欲しいと思うパスワード話ですが、最近のまともなニューキッズ達(Z世代)からするとパスワードがわからない方が信じられない現実なはずです。
信じられないことではメモしたパスワードをスペルミスしていることもあります。
それは何の為の大切なパスワードのメモなのか?と皆をドン引きさせることのできる有能なネタです。
近未来「後はやっといて〜」の一言で優秀なAi執事が「がってん かしこまりました」と問題解決しながら悠々自適にパソコンを使うだけの世界になって欲しいと願います。
私たち世代にとっての初物パスワードとは銀行の4桁暗証番号であり、元からのネットキッズのような複数暗証番号の文字数の重みと比べてもファーストタッチが全く異なります。
暗証番号とは大切なもので暗記するように!クレジットカードに暗証番号をマジックで書いてはダメ!絶対に!などと基本的な出発点からして可笑しな話です。
日本のIT嫌いはインストール&ログインパスワードに代表されるような入り口からのトラウマに原因があるかもしれません。
正確なログインをついに果たして「オレはやった」と歓喜します。
なんだかんだと、道半ば峠は越えてあとは折り返し地点を下るだけ・・・と考えていたら・・・Window11という新たな厄介者な新機能に悩まされることになります。
つづく。
(第二章扉の鍵)

 
■2023年1月7日(土)
■シカクなカタチ。
■2023年1月8日(日)
■一日一文章トレーニング。

「第三章変化」

 長〜い長〜いインストールな間の次に待ち構えるものはパスワード設定地獄です。会社のメールなどの通信設定は結構複雑で面倒くさい。何とか重い腰を上げて全設定に取り組もうとしたその時にパソコンの異変に気づきます。それはインストールしたアプリケーションが勝手にワンドライブ上のマイクロソフトサーバーにもバックアップされていること。(指示していない)これは何が起きているのかと調べるとWindows11ではOneDriveを削除しない限り「デスクトップ」と「ドキュメントフォルダ」「ピクチャ(写真)フォルダ」に置いているデータはクラウドサーバーにも保存されます。同期を止めることはできますが、完全に拒否するにはアンインストールが必要です。アプリ(ソフト)をインストールする時間で踊れたのはこれが理由。ワンドライブは以前からあるオンライン上のクラウド外部記憶領域ですが全く使用することもなくノートパソコンのSSD上にデータを保管していたので、この変化に戸惑います。パソコン上で作ったものが全て自動的にマイクロソフト社のクラウドサーバーに保存されることは保安上を考えても不気味で怖い。それがドキュメント・デスクトップ・写真というのが特に怖い。いよいよ、マイクロソフトは皆が使用するパソコンのOSを提供しながら全てのデータを収集に来たのかと勘繰ります。Googleに対抗する手段としてのOneDriveかもしれません。パソコン上のデータとは製作中のほとんどクソみたいなデータしかないものではありますがそれらは一様に時間や手間をかけて作られた著作物でもあります。Aiがそのようなビックデータを解析していないことを祈るばかり。(これらは個人情報であり著作物でもある)まだまだ、ワンドライブの理解は足りませんが同期をストップさせない限りデータのアップロードは続きます。マイクロソフトに絶対の信用を置いているのであれば問題ない話でもありますが・・・全く信用もしていないので、さっそく、ワンドライブの自動同期を「同期とバックアップ」から停止させます。デスクトップのデータをまるまるアップロードすることは納得いきません。同期をストップすると一様に自動にデータがアップされることはなくなりましたが、デスクトップの「雲フォルダ」に入れたものや「ドキュメントフォルダ」「ピクチャ(写真)フォルダ」に入れたデータはアップロードされて同期されるみたい・・・こわ。※「設定」→「OneDriveファイルのバックアップ」を押すとバックアップを反映するみたい。Windows11ではOneDriveを完全に拒否するにはアンインストールするしかないようです。

 Windowsパソコンは壊れたならば、ほぼ「ドキュメントフォルダ」や「ピクチャ(写真)フォルダ」に入っているデータの救出は個人レベルでは不可能です。なので「ドキュメントフォルダ」や「ピクチャ(写真)フォルダ」データを外部保存する意味はあります。パソコンの画面上にアイコンフォルダが埋まったような光景をよく見ることはありますが、あれは単に整理整頓ができないダメな人間の末路な姿ではありません。汚デスクトップにはそれなりの意味があってデスクトップ上に置いとけば最悪パソコンは壊れてもデータは簡単にデータを救出することが可能です。それに加えて少ないアクションで業務を進めることもできます。

 しかし、ワンドライブは使い方によってはどこでも機動戦士になるべく必要な機能でもあります。例えばscosのホームページであればマスターデータをHPサーバに更新ごとにデータを送信する必要がありますが、そのマスターデータをOneDrive上に置いとくと、どのパソコンからも最新でデータを常に入手して加工することができます。毎度スコスサーバーからHPデータをダウンロードしなくても良いことは便利でもあります。ですが、それぐらいのメリットしかない。そもそもHPデータとは公開情報である故に秘匿なものは何もありません。大切な情報を保管するには「個人用Vault(ボォール)」というフォルダに保存することもできます。Vaultとは貯蔵庫という意味。カギ付きでネットワーク上にアップしてもデータ流出を防げるようですがパスワード入力に右往左往するような人間がボォルトを使ってネット上にアップすることはありません。ということで。大切な研究データ等を保管する方々はWindows11の導入には考慮が必要かもしれません。

<私のパソコン遍歴>

漢字Talk7.5(見た目好き・爆弾マークは嫌い)→MacOS8.5(クソ嫌い)→Windows98(まーまー安定していた・見た目嫌い)→Windows XP(好き)→Windows Vista(クソクソ嫌い)→Windows 7(好き)→Windows 8(クソクソ嫌い)→Windows 10(好き)→Windows11(クソ曲者な感じが漂っています)

 関係ないけれどもWindows11のマウスの起動が2〜3秒遅くて嫌。OneDriveが動いていると動作がもっさりと遅くなるのは嫌い。パソコン遍歴の好き嫌いの波はマイクロソフトの実験的な取り組みの過程な呆則にも見えて、次のWindows12では使いやすいOSになっているような予感です。私のOneDriveページにはナゾの葉っぱのイラストがたくさん入っていました。これらは狸に化かされた痕跡かもしれません。

 
■2023年1月8日(日)
■エンジン。
■2023年1月9日(月)
■一日一文章トレーニング。

「使わないものは持たない」

おせちの祝い箸のお手軽さはお正月期間中の特権です。
お箸の色や模様の組み合わせを考えずにせず気楽に使えるのは便利です。
そのような祝い箸ですが新年のいつまで使用しても良いものなのか?と気になって検索すると大体1週間ぐらい使用するみたい。
そうです。
祝い箸一本分の1週間は遠にすぎて2日間も経過しております!!

ということで。

チクタクチクタクと時は常に前進しており本日1月9日の成人の日が終わると完全なお正月気分も終わります。
お正月期間中に何を成したのか?
いっちょ一人前に成人した大人が何も成さないままに令和5年の成人の日(祝日)を迎えました。
ぐーたらぐーと過ごしたお正月中に考えたことと言えばOneDriveどうしよう?とワンワン吠えながらアンインストールの有無を悩んでおりました。
そんなOneDriveな悪夢に悩まされている時に夢見たのがおじいちゃんの言葉。

「使わないものは持たない」

使用しないものは所有しないということです。
特に大きなものや高いものだと所有すると維持経費・行動も制約されます。
これはある意味本質を突いております。
私の身の回りにはどれだけの使わないモノで溢れているのでしょうか。
最近、時計や何やと欲しくなるものがあったけれども思い出すのはおじーの言葉。(サンキュー)
そんな昔話を思い出すと今年の目標は使っていないモノの禊ぎをする年になるのかもしれません。
近づくのも怖かったおじーだったけれども流石に明治生まれで気概はあります。
たまに良い事を言っております。
わいにも少し思い当たる節があって、たまに良いことを言ったと自画自賛しているところは気を付けなければなりません。
とりあえず、OneDriveを他のパソコンにインストールしたくはありません。
谷中の幽霊軍団を引き連れてIT化するならまだしも、誰かとファイルを共有して何かをする予定も全くなし。\()/
1人ノーパソで何をコラボレーションするのか?というお話です。
一人ワンドライブしている姿は夕焼け空の下、壁伝い隠れて一人鬼ごっこしながら帰宅する幼少時代のような切なさがあります。
誰かと共有作業するならばリンゴ(株)の「フリーボード」の方が面白味はあります。
単なるバックアップであれば外付けハードディスクで十分。
OneDriveがいちいち起動しているのかを確認するのも鬱陶しいし、起動したら起動したでもっさり動作が遅くなってバッテリー電力も余計に消費している感じです。
\(削除決定)/
これはアドベンチャーゲームで言うところの人生の分かれ目かもしれません。

わい →OneDriveをアンインストールする。67頁
   →OneDriveを削除しない。67頁若しくは68頁

そのようなことはどうでも良いのですが、新年も9日間経過しました。
お正月が来る前の10日間と比べても新年の1週間の時の経過はかなり早い。
お正月前がジェットコースター上り坂だとすると新年明けてからの9日間は「キャーワー」と落下する下り坂。
「人生山あり谷あり」と言いますが時を象徴的なモノで例えたり、体感する時間の経過をグラフにしたら面白そうな予感です。
(第四章おじーの言葉)

 
■2023年1月9日(月)
■時間変速する方法?
■2023年1月10日(火)
■一日一文章トレーニング。

「やはり手の平に収まるサイズってかわいいね」

昨日、太陽の光がポッカポッカと降り注ぐとガラス瓶に当たります。
この分厚くて安っぽいガラス瓶は日光を乱反射させて日常で見かけないイリュージョンを見せてくれます。
大体、私たちの身の回りにあるガラス製品は安定品質なガラスばかりです。
このようなチープ・ガラス瓶を見かけることはありません。
高級お酒のクリスタルな瓶でも美しい輝きを放つのかもしれませんが、そのような高級ガラスは持っていないので何と言えません。
ですが、この厚さ不均衡な安物ガラスの輝きでも十分に美しいものです。
ステンドガラスを眺めるように焚火を眺めているような何か心温まる素朴な輝きがあります。

この空きガラス瓶はインクが入っていた瓶。
普通の生活をしていればインク瓶1本空けるということはなかなかできないことです。
毎日一日一文章トレーニングをすることもあって、空になった2本の瓶を洗浄します。
普段の私であれば何も考えずに「ポイっ」と資源ゴミとして捨てるところであります。
しかし、慢性的なネタ不足であるが故に使用済みのビンを洗浄してネタにしようと悪だくみします。
さっそく、乾燥したインクをボロボロと剥がし捨てる。
そして、ビンの中に水を入れてシャッフルすると簡単にキレイになります。
こびりつくインクは使用済みのお掃除歯ブラシでゴシゴシこすると落とすことができます。
水を張った桶の中に入れておくとパッケージのラベルもキレイに剥がすことができました。
次は使用済みプラモ用油性インクを溶剤で溶かしてシャッフルしてみたいと思いました。

左はパイロットの製図用黒インクが入っていた瓶。
30CC PILOT MADE IN JAPAN

↑側面

|□

↑底面 ナゾの記号?
と刻印があり。
フタも多角形に加工されておりビンの台形なカタチもかわいくてかっこ良い。
何か西部劇に出てきそうなインク瓶の形状です。
ガラスの色は無色透明ではなくて若干何かしらの不純物が混じっており逆にそれが良い感じ。

右はスコスでも扱っているドイツ製のインク瓶。
ヨーロッパのインク瓶はほぼ皆この定番なカタチのような気もします。
色は完全無透明で下記のような刻印があります。
底のガラスが厚みがあるのが特徴です。


・・・・・・・・
・・・・・・・・
↑底面

・・・ドットは滑り止めです。
パイロット製品には滑り止めはなくて実際に製品を動かしてみるとドットの滑り止めの効果はあります。(紙の上だけ!!)

このキレイに洗った空き瓶を何に使うのか?それは問題です。
手間をかけて洗ったのでこのまま捨てるのは気が引けます。
拾った植物の種やクリップなども収納できそうですが、できればこの透明のままに飾っている方が雰囲気(味)あります。
何だかまたゴミを増やしてしまったような気もして心痛みますが、一つ言えることは手の平にすっぽり収まるこの小さなサイズ感がとてもかわいらしい。
この小さなガラスはすこすハマってしまうかもしれません。

 

■2023年1月10日(火)
■ぶつかり合うビン。

■2023年1月11日(水)
■一日一文章トレーニング。

「山にポイントを打ち込む※あくまでも自分自身の時間の感じ方について書いています」

昨日は風が強くてとても寒かった。
しかし、今週末から徐々に気温も上昇して一旦小春日和となるみたい。
晴れや曇り、気温や気分とバロメーターは常に上がったり・下がったりとのせわしない世の中です。
デジタル信号であれば買いか?売りか?若しくはプラスかマイナス、それらは常に01な力学で上下します。
これは1分1秒の短いサイクルのグラフではありますが、細かい変動を無視して長期的なトレンドとして考えればそれなりの定規とはなるはずです。
ですが、やはり情報密度が高すぎるとミクロな変動に足を引っ張られて物事を誤認してしまうかもしれません。

ならば、

山型図形で物事を考えると長期的な定規で物事を考えることはできるでしょうか。
それは情報としては私の頭のように大雑把なものです。
そのようなアバウトな視線で捉えれば冬は寒くて夏は暑いという当たり前のことを大きな変化の胎動として捉えることはできるはず。
図形で山あり谷ありを考えたならば、山モードから谷モードに下るには「よっこらしょ」と90度に曲げるエネルギー必要です。
水平方向に安定させよと思っても、それなり巻き返す力は必要で、それならば同じ波長で常に上り坂、下り坂で変化を否定すればエネルギーを消費は少なくできそうな気もします。
ですが、この季節もある日付をまたいで大きく変化します。
そして、今朝はそのような変化を促すティピングポイントに注目します。

とりあえず、21日/1週間のカレンダーを作り物理的な時間的な大きくすれば、それだけ物事も大きく捉えることができます。
それは大きな事柄は大きなノートで考えるという教えのようなものでiPadのフリーボードみたく無限サイズの紙面上で考えるのに適した事柄です。
何も21日間で考えなくとも月単位で捉えても同じことではあります。(とりあえずの実験)

年末10日間のカウントダウン中に時間がゆっくりと感じられることと。
新年明けてからの10日間があっという間に通り過ぎていく時間の差に注目すると、1月1日を境に大きな変化が発生していることに気づきます。
1月1日に何があったのでしょうか?
それはお正月に向けてのカウントダウンで目標点がありました。
1月1日には山あり谷ありの均衡を90度反転させる目標点を作ったこと。
逆に1月10日には何の目標も目的もありません。
ただ単にお正月前後の変化を調べる為に昨日起点を作っただけ。
年末の10日間であれば大晦日までの目標に向けて物事をこなしていく充実感はありました。
充実感があるということは、ゆっくりと満たされた時間が流れている感じはします。
これは本来、師走という慌ただしい意味での年末と真逆なことで少し興味深い。
反対に「はやく過ぎ去る時間」というのは収穫なしで、ただ時間だけが過ぎていく空虚な感じです。
その差にあるのは。目標の「ある」「なし」で間違いありません。
サルトルが川の水に流されて流浪する自分を自由で呪われていると語ったように、SNSなども何のポイントもないので川の水のように過ぎ去っていくのも同じような感じです。
そのような自由であることで呪われている人間にとって必要なものとは起点・目標点(ポイント)打ち込むことかもしれません。
流れる川や時間、山にポイントを打ち込む。
巍々そそり立つ山や岩を登る時にヒモを打ちつけてポイントを作って登頂するようなイメージでたぶん目印のようなものです。(!!)
カレンダーの中に起点・目標点(ポイント)を打ち込むことで何かしらの活きた時間をコントロールできるようになるのでしょうか??
時間配分なんて今さら受験生みたいなことを考えている迷走ぶりがヤバきこと也。

 
■2023年1月11日(水)
■ビンとビンがぶつかったら変なものが出てきた)))

■2023年1月12日(木)
■一日一文章トレーニング。

「オレのターンだ by ゆうぎ」

いやはや寝坊。
少し暖かい朝なのでよく眠れます。

遊戯王ヘッドの花?も約20センチに成長しています。
寒い冬にグングンと成長してスゴイことです。
植物とは不思議な生物であります。
最近、またトゲが鋭く尖ってきて朝晩の室内に取り込む時に少し痛い。
冷静に考えれば私たちが毎晩、野菜などを包丁でカットして調理、そして、それをムシャムシャ食べる横で同じ植物仲間の観賞植物がその側にいることは残酷野蛮物語のようでもあります。
日常風景に疑問を見つけることは酷なことであります。
ツンツントゲで自己防衛することは仕方がないことかもしれません。
植物界のお嬢は「私は特別なのよ」オーラを纏っておりますが・・・。
そして画像をアップすると花の蕾のようなものも見えます。
花は咲くのでしょうか?
楽しみ。

ところで。

昨日のWindows10更新後からファイルをc:ドライブのドキュメントフォルダに入れたら例のもっさり挙動が発生。
もしやWindows10にOneDrive強制砲が炸裂したのか調べたけどサインインしていないので大丈夫とは思います。
後で詳しく調べてみましょう。
一様にWindows10にもワンドライブは強制インストールされているみたい。
OneDrineってまるでバックグラウンドで稼働する公式マルウェアみたいな存在なのに教育機関や大企業でイッパイ使っているのが面白い。
これだけ個人末端レベルまで情報スカスカであらば日本没落から当分逃れることは無理なことだと思われます。
まだ、削除していないNEWパソコンのWindows11のOneDriveにアクセスしてみると大規模システム障害で落ちていました。www
まだ削除していなくて(草)なのですが、何だか面白そうなのでもう少し様子見です。

「問題が発生しました
もう一度やり直すか、ページを更新してください
generalException」

(一般的な例外って何?)
煽りっぽい言葉は英語のままでくっつけて自動翻訳できないようにしているのでしようか?
General Exceptionな言葉からも何かを隠している隠蔽体質を垣間見ることができます。
もっさり挙動とは何か怖いのでマイクロソフトアカウントのさわらぬ「サインイン」アイコンに祟りなしです。

 
■2023年1月12日(木)
■ビン画をかわいく改良中。
■2023年1月13日(金)
■一日一文章トレーニング。

「ソースはホイップしてはいけません!!絶対に!!」

いやはや新年も明けていよいよ朝眠い。
「春眠暁を覚えず」
いやいや流行の最先端を走るとしても春はまだ早すぎます。
令和五年、ウサギのような血眼な赤目で時間を制することを目標としていたのですが、新年早々朝寝坊はいただけません。
夏は結構な早起きで朝5時6時から活動を始めることもあります。
ですが、冬の朝は苦手。
太陽リズムが朝起きのリズムに影響することは、如何にも人とは野生生物であると感じます。
たぶん、私が北極圏暮らしであれば、真っ暗な冬は永遠に冬眠状態で全然起きてこないかもしれません。
子供の頃、大人になることは立派な人間になるものだと思っていました。
ですが、実際に大人になってみると、世の中にこんなにもダメな大人がゴロゴロといるのかとビックリしたものです。
そして、私もそんな一人ですが。
いやはやm(__)mt。
先ずは時間を制する前に真っ当な大人とは朝起きれるように考える必要があります。

ということで。

昨日、このまま時間に流されてはいけないと新年の目標の一つでもあるソースをホイップしました。
結論から言うと、ソースはホイップしません。(当たり前?)
ソースはいくら攪拌しても「ソースはソース」でありクセありのソースを粉々に分解することはできません。
色が薄茶になって泡立っただけ。
逆にソースが空気と満遍なく混ざることで酸素との結合が促されてソースが酸化、酸味が強まったような気もします。
これは不味くて大失敗。
昨日のことなのにまだ何か悪い酸味感が口の中に残ります。
ホイップしたソースはサビを食べるようなもので虫歯や体の内臓器官の酸化を促すかもしれません。
今日の呆則!
ソースはホイップしてはいけません!!絶対に!!
ホイップは多少の脂肪分ができないようなので、脂肪と酸素は化学的に結びつきやすいのかもしれません。
ということはチーズやバターなど攪拌して固めるものは全て酸性となります。
大量にあるクセありソースの消費は大問題。
それにしてもバーミックスで攪拌に使った容器がFire Kingでした!!

 
■2023年1月13日(金)
■ビン画をブラシュアップした。
■2023年1月14日(土)
■一日一文章トレーニング。

「ひろいこころは大きいものに触れることで得ることができるのでしょうか」

丘と山の違いは何なのか気になります。
「Aさんは”丘”のようなお人です」
よりも
「Aさんは”山”のようなお人です」の方が何か清々しい。

川のような人・・・SNSのように常に右から左に何でも流してしまう薄情な人に感じる。
池のような人・・・ものすごく心が狭そう。
谷のような人・・・どんな深い闇を持っているのかと想像してしまいます。
盆地のような人・・・何か不思議な面白さはあります。
なだらかな丘陵地のような人・・・何もない広大な虚無を感じさせます。
丘?岡?のような人・・・と言えば大岡越前の守のような高貴な響き。
岡山は岡と山を持った都道府県の地名。
新幹線や車で走っていてもいつまでも続く広い土地の岡山です。
それは同じ岡の名がつく静岡でも永遠にどこまで行ってもまだ静岡なのかという広大な広がりがあります。
地名に〜ヶ丘や岡がつけば地価の付加価値も数倍上がるセレブ感が漂います。
なのに、人を丘(岡)に例えるとグレードを下げられたような気分になることは不思議なことです。
丘(岡)ではなく山のようなデッカイ例えを欲する心は傲慢なことなのでしょうか?

ということで。

丘と山の違いについて調べてみました。

丘(岡)とは小高く盛り上がった小さな山のこと。
「堆積」や土地の「隆起」に盛り上がった土地です。
人を「隆起」に例えるならば断層のズレなどで平地が盛り上がり神輿を担がれた丘となったような感じです。
自力でもまれてのし上がった感じではない。
人を「堆積」に例えるならば人生の年輪を重ねの塵を集積して丘となった感じ。
一般的な人生経験豊富な目上の人な感じなのでしょうか?

それに比べて、山は褶曲(しゅうきょく)という地殻変動によって地層が圧縮されて波状に変形する現象。
一部は侵食によって削られて山と谷(向斜・背斜)となる複雑な力の加わって山となります。
山の地殻変動は複雑な強い圧力によって地面がうねりそそり立ち、柔らかい土は削られて光顔巍々な荒々しい姿を見せています。
それが私たちが見る山の姿。
険しい山々がある分だけ地震は必ず起こるので避けて通れない運命共同体ではあります。
そのような山の姿を人の成長に置き換えると、贅肉も削ぎ落されて人生行路の荒波を延々と乗り越えてきた人間性の奥深さを感じます。

丘と山の地理的違いなんて考えたこともありませんでしたが、山と丘(岡)は明らかに構造が異なります。
私のような無節操な人間でも人を丘(岡)に例えるぐらいならば「本心で山と思っていなくとも山でいいやん」と思います。
他人を何かに例えるならば山や海、空など果てしなく広大な大きさの持つものに例えることが大人の流儀です。

都市部に住んでいたならば、もはや丘でさえ見ることはありません。
池どころか水溜まりやノミの人生みたいなミクロ単位の小さなものばかりが気になります。
山や丘(岡)の違いを調べたならば、たまにはとてつもなくデッカく広いものに触れないといけないような気がします。

 
■2023年1月14日(土)
■(改)ビン。
■2023年1月15日(日)
■一日一文章トレーニング。

「私の好きはあなたの好きへと繋がっていきます」

最近、毎晩大量の荷物を運んでいます。
現実の話ではなくゲームのお話。
時間を忘れるように荷物配達のノルマをこなして何度も徒歩で同じ道を歩き、道路のインフラなども整備しているとあっという間の就寝時間。(やること多すぎ)
そのようなインフラを作る為の建材はミュールという配達依存症の人たちの基地を襲撃して調達します。(ノーデス・気絶させるだけ)
何と野蛮なことなのかと思うけど最初に敵対して攻撃の口実を与えたことがミュールの悪運の尽き。
ゲームだし交渉もできないので出会ったらすぐに戦闘。
道路は皆が使用する公共財なので税金徴収みたいな理解です。
ミュールとは何かと考えると都市と都市の物流や情報のネットワークを遮断する組織。
主人公はそのような分断された世界のネットワークを一つ一つ結んでアメリカ大陸を旅します。
世の中に世界を繋ぎたいという人がいれば分断したいと思う人もいるはずです。
それはその人のモチベーションによって変わるはず。
私は以前も書きましたが人は学生時代の頃から「人は常に分断している」派です。
そもそも、持っている価値観、育った環境、好きなものも何もかも全然違う共通項のない人たちが集まった社会の中で、今さら「〜に分断が起きて大変だ」なお話を聞くと「人は最初から全て分断していたのでわ」と思います。
私の話は意味のわからないことも多く大体話しも通じないので、よって、分かり合えることも少ない。
しかし、好きな音楽等あれば、「〜が好き!一度聞いてみて!!」と友達に布教活動し始めると、その子もその音楽のことが好きになることがあれば、それは現実世界のネットワークが繋がったことを意味します。
たぶん、人のネットワークとは分断した個人個人の、私やあなたの「好き」が繋がっていくことではじめてカタチとして見えてくるのではないかと思います。
※勿論、ビジネスなどいろんなカタチのネットワークがあります。
何も好きなものが存在しない枯れた状態とは孤立状態と言ってもよいかもしれなくて、好きなものにうつつを抜かしている状況とはネットワークで言うところの活発に様々なチャンネルを接続している状態ともいえます。
実際にゲーム内にはメモリーチップが落ちています。
そのチップはゲームの内容に全く関係なく、それを拾って端末に接続すると製作者が好きな情報が開示されます。
あと、ゲーム内の出演者から感謝されます。
ゲームをしていたら配達に忙しくて文章を読むのも億劫になってしまうこともありますが、この世界には作っている人たちの好きなものがたくさん溢れています。
何に刺激や影響を受けたのかは鉄壁のガードで隠し通せみたいな仮面を被った人達が跋扈する世の中で、オレや私の好きな欠片をアピールすることは何とも素敵で清々しいことです。
ゲームの名前は「デスストランディング」。
久しぶりにデスストの世界に浸りたくなりディレクターズカットver を追加購入。
2度目のプレーです。
道具や武器が若干進化して、新しいゾーンも増えているように思います。
2度遊んでもやっぱり面白くて、何が面白いのかと聞かれると説明が難しいのですが、荷物を運んだ時の達成感や未来予測的なSF世界観も好き。
新機種のPS5販売直前のデスストPS4PROセットを購入してしまうぐらいのファンです。
デスストランディング2も予定されているみたいなので楽しみ。

二人の仕草が熟年の漫才師のように見える!!(笑)
https://www.youtube.com/watch?v=fpbYtYTvZr8

ビアードパパ!
https://www.youtube.com/watch?v=uCXn-m7GKnc

同時通訳がスゴイ!
https://www.youtube.com/watch?v=KlVY--7G-V8


 
■2023年1月15日(日)
■電気。
■2023年1月16日(月)
■一日一文章トレーニング。

「目覚めの時に思い出されることとはどうでもよいこと」

朝、7時の外はまだ暗い。
新年も16日を過ぎてやっと早起きすることができました。
それでも7時なのですが・・・。
それは、たっぷり睡眠による目覚めかもしれませんし、何かのスイッチが入った結果なのかもしれません。
共通テストの翌日に“やる気スイッチ”が入るお話とはうちらの時代っぽいおバカ話です。
この鉛色に輝く弱い光の空の暗さを何かに例えると海外旅行中の移動日の朝。
カーテンを開けると静寂でまだ稼働していない漬物石のような街が広がります。
眠気頭のままにホテルのブュッフェに行くと「モーニン」と挨拶されて「モーニン」と挨拶を返してルームナンバーを告げます。
そして、パンとチーズにスクランブルエッグとハムでサンドイッチを作り頬張ります。
最初の海外旅行の時にはパンとチーズだけとは何たる質素な食事と思ったのだけれども、冷静に考えると自宅の朝食よりは数倍種類の多い朝食です。
聞こえてくる音はカチャカチャという食器の音だけ。
ビジネスマンは足を組みながら新聞を読みパンとコーヒーを食してサッと席を立ち去ります。(スマート)
YOUは本当にそれだけで良いのか?と思いながら、私はコーヒーにジュース、もりもりとお皿に盛って朝食をデコレーションします。
朝からしっかり朝食を摂取すると一日しっかりと動けます。
コーヒーや食事を運ぶ音、フォーク・ナイフが食器に当たって奏でるミュージックな生活音は心地良い音色です。
食器のカチカチと重なりあう音は心が落ち着く良い音。
今朝は頭の中だけは海外旅行先のホテルビュッフェです。

ということで。

最近朝のパン食にも飽きています。
非常に飽きていて開いた口も塞がらない程に飽きています。
やっぱり、日本人は飽きの来ないお米一択かもしれません。
ご飯でもそれなりのおかずが必要です。
味に飽きているが故にシリアルを食べたりもしますが、やはりシリアルにもすぐに飽きます。
そこで、いろんな種類のシリアルをブレンドして食べたりもしますが、各社のシリアルを混ぜたところでシリアルはどこまでいってもやっぱりシリアル(真面目)な味。
すぐに飽きる。
ならば、いろんな食べ方で食します。
袋から出した状態をそのままカリカリと食するとドックフードを食べるワンちゃんの気分。
あのカリカリ感は良いけれどもカリカリだけだと喉が渇きます。
そこで、牛乳の代わりにお茶を入れてみたら不味くはないけど美味しくもなりません。
透き通ったクリアな色は良いけれども、やっぱり普通のシリアルな味です。
ならばシリアルは水割りしてOKじゃないかと思ったりもします。
朝しっかり食べることは一日の活力源なので朝こそしっかりとした食事をすることが良いサイクル。
一日の始まりはホテルのビュッフェのようにカリカリベーコンにスクランブルエッグぐらいは用意したい気持ちはあります。

以前、リンゴを入れていた籐製のケースはリンゴの季節も終わってシリアルケース入れとなっています。
そのようなシリアル入れにケロッグのトラのぬいぐるみを入れてデコレーションすると良い感じになりました。
使わないものは必要のないものだとすると、トラのぬいぐるみは私の人生にとって全く必要のないものです。
※以前、スコスで販売したサンプルの残り。
そんな必要のないかもしれないケロッグのトラくんもシリアル入れに収まると存在意義が増して居場所ができました。
シリアルとは結構かさばるサイズなのでトラのぬいぐるみはケースにかわいく収まっております。

 
■2023年1月16日(月)
■機械式つけペン。
※腕の余分を消し忘れ。
■2023年1月17日(火)
■一日一文章トレーニング。

「ビリビリくる」

昨日、変な体勢でタブレットを見ていたら右手の筋肉を傷めました。
タブレットの重さだけでこうなるのか?姿勢の悪さで筋肉を痛めたのか?
理由はわからないのですが、ネットサーフィンを終えてタブレットを机に置こうとしたら、腕にビリビリ激痛が走ります。
タブレットを見る姿勢だと痛くないのですが、腕をだらりと下に垂らすと筋肉は悲鳴をあげます。
慢性的な運動不足かもしれません。
タブレットを見るだけで筋肉が痙攣するようだと先が思いやられます。
このまま金次郎ばりのタブレット姿勢を保てば筋肉は痛まないのですが腕とは意味なくあれこれ動かしているものです。
さっそく、以前重い物を持って腰を痛めた時に病院でもらった湿布を痛みの患部に貼ります。
すると、怖いぐらいどんどん痛みがひきます。
病院でゲットできる湿布の有能性はよく効きすぎるゆえに多少怖い。
どんな成分が入っているのかと調べたら。

【ロキソプロフェンNaテープ50mg】
非ステロイド性抗炎症薬 (外用薬)
モーラス
ロキソニン
MS温湿布 MS冷湿布
ボルタレン
インテバン

ロキソニンって頭痛薬のロキソニンで痛みをブロックってことなのでしょうか。
ステロイドは怖いイメージがあるので非ステロイド系で良かった。
使用期限2022年まででしたがよく効きます。
何かしらの成分で炎症を抑えているようです。

貼った瞬間からどんどん痛みが和らいでいき、数時間も経つと痛みがあったことさえ忘れます。
痛みはひいたとはいえ、まだ筋肉が悲鳴を上げている状態に変わりないと思うので要安静。

最近、タブレットや携帯でネットサーフィンをしていたらタッチセンサーが無茶苦茶に反応が良いです。
もともと、画面にタッチしても無反応なことも多い鈍感体質。
ですが、最近の私は人差し指は過剰にタッチセンサーにビンビンと反応しています。
そのおかげで画面をスクロールしながらネットサーフィンをしていると、関心のない記事や動画、鬱陶しい広告まで何から何まで余計に反応してしまい画面が切り替わります。
画面が切り替わるとすぐに戻りボタンを押しますが時すでに遅し。
読み込みのくるくる回転するアイコンを真顔で見ています。
ゆっくりと画面タッチをしていれば良いのですが、せっかちなのこともありますし普段反応が悪い分タッチ操作も人より激しいのかもしれません。
さて、なぜ、こんなにもタッチパネルの反応が良くなったのでしょうか?
それは多分、寒くもなりセーターを着ることにもなって体内に十分な静電気を帯電していることが要因ではないかと思います。

そのようなたっぷりの静電気を蓄えた帯電状態であるにも係わらず。

スーパーのビニール袋を上手に取ることができません。
ピッピッピッと商品のバーコードが読まれる間にビニール袋を1枚取り出そうとしますが全然取れない。
このご時世で指をペロペロしながら袋を取るなんていうのも気持ち悪すぎる行為です。
慌ててスーパーの袋を取ろうとすると複数枚取れることもある。
レジ袋有料化とは全く余計な制度で生活しているだけで皆をこんなにイライラさせる法律はありません。
しかし、お店目線で視ればレジ袋の製造料金というのは案外高額負担。
輪転機でダァーと刷って大量に作らないといけないので一枚単位は安いけれども、それを作るとなるとそれなりの高額経費な金額となります。
そして、そのような袋を置く保管するスペースも結構な重荷となります。
袋の在庫スペースは邪魔だから早く消費したいけど、消費すると消費したでまた高額な印刷料金が待っているジレンマ。
ビニール袋をあまりにもかわいいデザインにすると複数枚欲しいという人が現れて無駄に袋が消費されていくことになります。
なので、袋のデザインとは程良くかわいくない方が経費負担的な実需と比例したカタチで消費されていくことになります。
世の中からどんどん素敵でかわよいデザインのショップ袋がなくなっていく理由はそんなこともあるのかもしれません。
いずれにしても、物事の見方はそれぞれ、立場もそれぞれ。
最近、静電気を蓄えてビリビリ来ている私もそれぞれです。

 
■2023年1月17日(火)
■Dr.ビン講座。
■2023年1月18日(水)
■一日一文章トレーニング。

「何でも使ってみて”いるもの””いらないもの”を判断する」

使っていないものを使いましょう。
ものは使うことで活きてくるのかもしれなくて、できるだけ“もの”を使い切ることは今年のテーマ。
逆に使わない“もの”は断捨離対象かもしれなくて”もの”を使うことで「必要なもの」「いらないもの」の炙り出しができるはずです。
そして、防災・アウトドア用品入れから卵ケースを取りだしました。
卵10個をプラチック容器に入れて持ち歩くことのできる謎のケース。
誰がどのような用途で使用するのかは不明な商品です。
「キャンプに生卵を持っていく必要があるのでしょうか?」アウトドア用品入れに入っていることも謎なのですが、バックのように手持ち付きで卵を入れて持ち歩くとなんともかわいらしい。
ネット検索したならばこの手の卵入れは結構あるようで、それなりの需要はあるのかもしれません。
スーパーから買ってきた卵達は通常、透明のプラスチックケースに入っています。
透明のパリパリした素材のものは「A-Pet」と呼ばれるもので、紙製のものは「パルプモード」と呼ばれるもので高級卵に使用されるようです。
それら卵ケースのままに冷蔵庫に入れて使用していれば十分と思うかもしれませんが、そうではありません。
高級じゃない方のペラペラケースに入ったテープを全部取れば、ビローンと全開でケースが勝手に開いて邪魔となります。
冷蔵庫内のそのビローン状態を修正するにはケースの上に重みのあるものを置く必要があります。
上のものをどけて取り出して、再びまた上に重しを置くことは横着人にとって面倒な一手間。
ならば、テープを途中で止めておけばそのような面倒事とおさらばできると思われるかもしれませんが、それこそクセ者です。
途中で浮遊しているテープが近隣のサランラップ等に貼り付くことがあれば、卵を動かすと同時にそのくっついたラップも一緒に動きます。
その状態から回復する手間は一手間どころではなくて何手間にも数を数えられる面倒事です。
もし、ラップに入った中身が冷蔵庫内でこぼれたりすると、それこそ大惨事で拭いたり、片づけたりの物凄い時間と手間の高負荷がかかります。
なので、この卵ケースを使えば卵をスッキリと収納できるのではないかと考えました。

この冷蔵庫内の卵改善にふみきった思考回路を整理すると超単純。

【マイ思考回路】

1次:朝飯の味に飽きて非常に困っている

2次:「モーニン」なホテルの朝食を思いだす。

3次:カリカリベーコン+ふわふわ玉子を食べたい。

4次:そういえば冷蔵庫の卵入れが不便です。

5次:防災・アウトドア用品入れに埋もれた謎の卵入れがあるのでそれを使いましょう。

6次:【改善】“もの”は使わないと意味がないので何でも使ってみることで整理整頓できるのかもしれません。

※思考回路を書き出してみると文章構成と真逆の6次の反対方向から書き出していることが面白い。
(意図しないもの)

 
■2023年1月18日(水)
■ロケット発射!
■2023年1月19日(木)
■一日一文章トレーニング。

「腸活って何だろう?」

そういえば、一昨日ヤクルト1000を購入することができました。
半分ラッキーでもあり半分ガッカリです。
ヤクルト1000といえば2023年初夢で駅の売店で購入する夢をみました。
とてつもなくデッカく素敵な夢を期待しながらの初夢がヤクルト1000を駅の売店で購入するガッカリな夢。
石ころに躓いて転んだらとてつもない小判が詰まった壺を発見して目がキラキラとか。
夢の通りに行動したら何かとてつもない幸運に転がりこんで来たとか。
初夢とは叶う、叶わないに限らずとてつもないサイズの夢であって欲しいものです。
はっきり言うと、ヤクルト1000に全く執着はありません。
スーパーに行くといつも空のヤクルト1000コーナーを横目で見ながら、どのような味がするのか?と思うぐらいの対象です。
そんな、とてつもなくデッカイ夢を期待しながらの初夢がヤクルト1000を駅の売店で購入する小さな夢でガッカリしていたのですが、それなりに気にもなっていました。
ガッカリもガッカリであれば、どうせ、いつも売っていない商品なので今年の年末総括として実現できなかった初夢ネタとしてヤクルト1000を面白可笑しく妄想の都市伝説化する筋書を頭の中に構築していました。
でも、そんな夢でも一つ叶ってしまいました。(残念)
スーパーの棚にポツンと1本置かれている幸運の無駄遣い。
とてつもなく小さな夢が叶ってしまったことへの多少の戸惑いながらも当然購入します。
手に取ると想像したよりも大きい2倍サイズのヤクルト。

※下行に味のネタバレがあります。

味はいつもの甘ったるいヤクルト味に加えて快適睡眠を謳っております。
たぶん、快適な睡眠生活とは腸活から始まる的な飲み物なのかもしれません。
私は腸型人間なのでストレス、食べ物などですぐにお腹を壊します。
不思議なことは普段食べないような高級品食べるとお腹がビックリして腹を壊し、馴染みの安物居酒屋ではお腹を壊しません。
要は私のお腹はとてもデリケートです。
乳酸菌や牛乳を余計に摂取しただけでもお腹はグルグルとなります。
お腹の痛みとはそれなりの痛みで、年に1〜2回ある腹痛は老人になったら耐え難き痛みかもしれなくて、私が死ぬ時は老衰やその他病いではなく腹痛の痛みに耐えられなくて逝ってしまうかもと考えたりもします。
う×こまみれの腹痛死とは多くの人々に迷惑をかけてしまうかもしれなくて、ほんとに嫌なこと。

生死感を書くことは一種タブーなところもあります。
ですが、私はおバカなので書きますが。
人が生きる意味を考える時に死に際を想像しないで語ることはできません。
汚いお話ではありますが死が隣り合わせに感じることで生をよりよく感じることもあります。
そのような腸型人間の腹痛話がある一方で脳型人間の人たちもいます。

※人の痛みとは外見から全くわからないものなので何とも言えないのですが、勝手に私が思っているだけで何の根拠もない型括りです。

脳型人間であれば、腸型人間のお腹に来る痛みが頭にくると考えれば、それは頭イッパイの痛みだと推測できます。
頭の痛みは放出しようがないのでそれなりに大変そうですが、腹の痛みは出せば出す分だけ、さらに痛みが倍増することもあるのでどっちもどっちなような気もします。
自分自身こそ腸をいたわり腸活する必要があるのかもしれません。
病院や老人施設の中で監禁された状態での最後はもっとも嫌な最後です。
腸を調!コントロール!できる人間になれるようになりたい、そんなトレーニングも必須事項です。
(メモメモ)

 
■2023年1月19日(木)
■小判とは宇宙空間をめぐりめぐるまわりもの。
■2023年1月20日(金)
■一日一文章トレーニング。

「久しぶりにスコスはイベントに出店します!」

芥川賞・直木賞の季節です。
ニュースでは毎年見る国民的な賞のことではありますが、昨日、直木賞の「直木」って誰のことか?という話になりまして。
おバカなうちらでも芥川龍之介は当然知っています、ですが、直木のことは知りません。
さっそく、「直木って誰や?」ということでググると昔の文豪のお名前でした。
ネット検索とは本当に便利なもので、関係ない話ではありますが、そんな検索にも次世代の対話型のAIチャット検索の「ChatGPT」というものが登場して数年後にはネット検索のやり方が変わっているのかもしれません。
時代の流れの速さとは真に恐ろしいものであります。

直木賞とは直木三十五さんの名を冠した賞の名前。
恥ずかしながら読んだことも知ることもなかった直木三十五さんの直木賞は誰も知っている賞の名前でもあります。
超有名人の側に常にいれば、とても有名になれるかもしれない商法のようにも見えますが、もしかしたら、直木三十五さんを知らないのはうちらだけかも知れなくてm(__)mT
調べたら、芥川賞・直木賞は年2度も発表しています。
年1回かと思ったら1月と7月に発表することで皆が忘れた頃に適度にイベントを開催することで国民的な行事(プラットフォーム)です。

同時に芥川賞・直木賞の違いを調べたら、芥川龍之介賞は純文学の新人賞で直木三十五賞とは大衆文学の新人賞のこととありました。
純文学と大衆文学の違いとはそれは難しい分類です。
それらは芸術性の違いでもあるようで、文学の芸術性は私にはわからないので美術に例えてみると表面的なPOPアートと内面を熟成した芸術性の違いを表すのでしょうか?
最近もどこかの美術館がアンディーウォーホルの箱(ガラクタ?)(芸術?)を高額で購入して住民に怒られる面白ニュースがありました。
文学にもそのような論争はあるのでしょうか。
芸術とは値段かもしれなくて箱が購入価格を上回る価値を可視化すれば人心を掌握するのも芸術だとも思います。(たぶん)
お金の力とはスゴイものです。

ということでマネーです。

スコスも久しぶりにイベントに参加させて頂きます。
文具マーケット第2回
2023年2月25日(土)に五反田TOCビル(東京卸売りセンター)ホールH
https://twitter.com/bungumarket/status/1615877746361782272

スコスにとっても再始動にもなりますので、
近くなりましたら詳細をアップさせていただきます。
よろしくお願いいたします。

 
■2023年1月20日(金)
■ビン型スーツ(指針を指し示してくれるAIダウジング・ネクタイ付き)。

■2023年1月21日(土)
■一日一文章トレーニング。

「クロロフィル交響楽団第2番二長調カロテノイド」

本日1月21日、勝手に作った1週間が経過しました。
いやはや寒い日が続きますがマイ謹製の1週間(21日)は長すぎます。
物理的に1週間を3倍長くすれば1週間とはとてつもなく長くなります。
変な目で見られますが1週間が短く感じる人は1週間を21日間と捉えれば十分に長くなります。

寒い日もつづき植物界のお嬢も4本ある葉っぱの内の1本の葉が黄色く変色しました。
この2日間ぐらいで急激な変色。
メッシュ頭。
変色のスピードはカメレオン並みの高速で(たぶん)この変色した葉っぱが一番の古株です。
それは鉱山のカナリヤのような寒さバロメーターかもしれません。
葉は肉肉と元気で枯れていない状態ですが、色素だけクロロフィルな緑色からカロテノイドの黄色に変化しました。
毎年、寒い季節になると植物界のお嬢の葉は黄色く変色させるので、その葉を切り落としております。
今年は色素の変化とは光合成と水の問題だと学習したので切らずに緑色に戻るのかを観察したいと思います。
紅葉扱い?
せめて、多肉植物みたいに赤色であれば紅葉感もあります。
ですが、黄色の葉っぱとは病弱に弱った感じに見えて鑑賞植物にとってはあまりよろしくない見た目です。

とりあえず。

気持ちだけでも直射日光に当ててあげようと思い昨日、薄いカーテンを全開にたっぷり日光浴させました。
すると、若干の緑色も復活!
薄くて白いカーテンでも日光は十分に取り込めるものと思っておりましたが、お嬢に関しては直射日光でないとダメみたい。
他の植物は外でほったらかしであることと比べて雲梯の差で本当に信じられない位に手のかかる植物です。
夏は暑さや直射日光に弱く、冬の寒さにも弱い。
熱帯のジャングルとは知らない場所ではありますが、植物界のお嬢を見ていると温度や湿度、光の加減など一年中安定して過ごしやすい場所であることは理解できます。
ということは、気温変化の大きい地域に生息する動植物とはよっぽど変わった進化を遂げて過酷な環境に順応していることになります。

というわけで。

太陽という刺激があるか?ないか?で植物の色は変色します。
人も、お金や何らかの刺激のある?なし?で変色してしまうのかもしれません。
黄色く干からびた鑑賞生物とは嫌だ。
燦燦と何かの刺激が降り注ぐ快適空間とは如何にも健康的な良い状態であります。
その意味では先ずは環境から整えることには一理はあって間違いはありません。

 
■2023年1月21日(土)
■ビン住まいのモグラ。
■2023年1月22日(日)
■一日一文章トレーニング。

「人は口によって滅び、私は腹痛によって逝く」

 人が口による災いで滅んでいくことは古からの教えです。軽はずみな言動により幾多の戦士がこの大地に墓標を建てたことであろうか。口から出る言葉とは常に戒めるべき事柄です。マスク社会のマスクとはペラペラとお喋り暴走する口を抑えるに程よいフタの役目を持っているのかもしれなくて、口の前に一枚の布があるだけで何かしらの安心感はあります。そのように考えると「マスクを着る」ということは以下のような感じかもしれません。
(1)良からぬ病原菌を取り込まない。(自分への防御)
(2)他人に自らの無害性や安全をアピールする。(相手への配慮)
(3)不用意な言葉を止めるフタ。(自分への戒め)
そう考えるとマスクとはとても日本的なパーツではあります。マスクを続けることは想いを伝えると言う意味に於いては吐き出していたものをどんどん内に溜めてしまうことになります。よって、会話でストレス解消できる人達は鬱積した想いを蓄えているのかもしれません。私はたくさん喋るとアゴや舌が疲労するタイプなので会話で楽になった〜という話を聞くと「えっそうなん?」本質的な問題解決に何も至っていないのにと逆にモヤモヤとします。文章人格ではペラペラと活舌良く話しておりますが、これは実像と正反対な人物像です。わいみたいな「文章イキリ人種」とは現実世界では聞かないとほぼ何も答えないし、ぼそぼそと真逆な性格が多いような気がします。やっぱり、文章人格は仮面の別人格かもしれなくて内面性は常に外面に現れ出ないのかもしれません。(自己分析)ニュースの犯人写真が見た目通りの犯罪面(ヅラ)であれば世の中簡単です。ですが、現実とは丁寧でまともそうな人程に異なる内面性が現れ出た時に常にドンびくのが私の(呆)経験則です。だから、見た目から変な人の方が信用足りることもあるのが世の中の不思議です。

 書くことと話すこととは同じことであると考えるならば文章の口によって身を滅ばぬように気をつけなければなりません。話はそれますが「一日一文章トレーニング」は常に自分自身の事柄について書いております。他人のことについて書いたならば、それはもう悪口でしかありません。そこで、自分のダメな部分を面白可笑しく書くことでトゲを隠そうとします。何かトゲあることを書くには何か一つ自分のダメなことを書くことで「これでノーカウントだゼ」という理屈です。しかし、公的な事柄については皆、何事についても自由に発言する“義務がある”との考えです。たまには好きな誰かについて書こうと思うのですが勝手にこんなページに書かれるのは罰ゲームや事故や迷惑なことのように思われます。なので、他の人の良いことについても書きにくい。もはや、何を書くかって!それは何やろね?となります。それでも何かを書かないと「一日一文章トレーニング」は終わらないとなると下記のようになります。
*昨日〜時に起きてカリカリベーコンを焼きました。
*カリカリベーコンは理想のカリカリにならなくて私もカリカリ。
*〜時に家を出て、空を見上げたら曇り空を未確認飛行物体らしき何かが空を飛び。
*てくてくと先を急いでいるとカリカリ糞の韻を踏む。
というような事ぐらいしか思いつきません。
仕方なく!あくまでも仕方なく!ペラペラと話すペラペラな話を脚色しながら盛ります。

といことで、

 先日、腸型人間の苦痛は放出できますが脳型人間は出すことができないと書きましたが、よくよく考えればそれは間違いです。人は常に口からポンポンとキレイなものや汚いものをたくさん放出しています。下から出るものは{ぷーっ}汚く下品な排出物であっても口から出る言葉は時に美しく、時に刃のように鋭く悪意入り混じる言葉や本心とは異なる言葉で相手を傷つけることもあります。昔の人が口に気をつけなさいと酸っぱく言っていたことは正にそのようなことで、口だけでペラペラ言うのであれば、先ずは相手のお腹を温かくて美味しい食べ物を与えて満腹(腸)にしなさいとの教えであります。何かを話始める前に皆の口に美味しい食事を入れておくことは大切です。

 私はいつもボーっとしているだけで怒られて、ヘタな口笛を吹きながらご機嫌でも怒られて、軽快に電卓を叩いているだけでも人を怒らせる才能を持ち合わせます。なので、トレーニングな文章を書いているだけでも十分に人を苛立てさせる能力があります。単に長文になるだけでも怒らせることもできるが、ゆえに、腸型人間の私は腹痛で生涯を終えると予言して、やっぱり大切なのは「食」でしょう!!と思います。お腹いっぱいの幸せ!美味しい味!食は大切です。「人は口によって滅び、私は腹痛によって逝く」(たぶん) もし、口によって滅んでしまったら、それはそれで墓標に「イキリ大口ここに眠る」と刻みます。

 
■2023年1月22日(日)
■もぐら〜。
■2023年1月23日(月)
■一日一文章トレーニング。

「再沸騰でキレイになります」

お釜でご飯を炊くと火加減も難しいのですが残りご飯も引っ付いて終始手間のかかる食べ方です。
防災のことも考えればお釜でご飯ぐらい炊けないと温かい食べ物を食べることもできません。
なので、電気釜以外のご飯の炊き方は覚えていても損はありません。
今風に言うと電気で炊くよりも圧倒的「時短」で意外と簡単。
そんなお釜をキレイに洗い流すことはテフロンでスルッと洗える感じとは雲泥の差で少し大変な手間です。
通常はお釜を水に漬け置きして残りご飯をふやふやにしてから洗い流すことになります。
そんな若干の難易度高いお釜のご飯を簡単に洗い流す方法を考えました。

(1)食べ終わりのカピカピのお米がくっ付いたお釜に水を再投入。
(2)お釜を火にかけて再沸騰。
(3)ぶくぶく熱くなったらお箸などで突っついて引っ付いたお米をピンポイントに落とす。
(4)水でキレイに洗い流す。

温かいお湯の沸騰効果で瞬時にキレイなお釜となります。(当たり前だったらm(__)mt)
飯ごう炊飯などの「お米をキレイに洗浄できているのか?」と釜底を鬼姑みたいにチェックする指導員な方々は結構な恐怖です。
食べ終わりの釜を再沸騰して洗い流せばご飯はキレイに落とせるような気もします。
今さらではありますがなぜわざわざ面倒で手間のかかる方法を教えるのか?やらせるのか?と思います。
入り口が面倒で大変だと横着人は一気に興味を失せて嫌いになります。
子供の頃にもしキャンプが楽しいものだとイメージされていたならば、ゆるキャンソロキャンな今頃にはハーネス使いの達人レベルになっていたかもしれません。
どうせ教えるならば簡単で楽な裏ネタで教えて興味をそそってこその教育かもしれません。
※自然はとても危険だという前提で。
釜を沸騰していて面白いことに気づきました。
通常、ご飯を炊く時には絶対にお釜のフタを開けてはいけないという風習があります。
理由は知りませんが、湯気の吹き出す勢いで炊き加減を判断し決してフタを開けることはしません。
今回、フタを開けた状態で陶製の釜を沸騰させることは何かブラックボックスを見る感じ。
お湯の沸騰状況はぐつぐつぐつぐつと言うよりも、泡がぷくぷくぷくぷくと静かに泡立つ感じ。
全面、理科の実験で入れる沸騰石のようなもので、お湯はぷくぷくと優しく沸騰します。
鉄製のやかんでお茶を作る時に、やかんのお湯はタップリのお水で沸かしたものです。
そうすると沸騰した時、やかんの口からお湯が吹きこぼれてガスコンロの火をボボッと消してしまうことがあります。
そのようなお湯沸かしを陶製のやかんで沸騰させたならば吹きこぼれなく優しく沸騰できそうな気もします
ならば、
鉄製のやかんに沸騰石を入れても優しく沸騰できるのかもしれなくて、何か陶器製品が割れ時にはそれらを全部捨てることなく、その欠片を鉄製のやかんに入れれば沸騰石の代わりになるかもしれません。

ところで。

飯盒炊飯を入力して気になりましたが「盒」の文字何だこれっ?
辞書調べたけれど記載がありません。
漢字とはもともとは中国語ではありますが・・・どうやらこの「盒」は日本の漢字ではなくて本物の中国語の漢字のようです。
飯盒は日本の帝国陸軍が兵士一人一人に持たせるように開発したもので「盒」の少し難しい漢字を使用することで舶来品みたいな雰囲気を醸し出したのか?漢文に詳しい人が命名したのかもしれません。
因みに「盒」は「箱」という意味のようで「ご飯の箱」とは面白くて良いネーミングです。

 
■2023年1月23日(月)
■うるわしき地底世界。
■2023年1月24日(火)
■一日一文章トレーニング。

「霞みの向うについて考えたら幾分コワです」

お風呂につかりながらの歯磨き。
湯船の端に後頭部を置いてぼんやりと何もすることのない時間の歯磨きはとても丁寧に磨けます。
積年の磨き残しでツルツルピカピカとまでいかないまでもごしごしごしごしと普段よりもゆっくり歯磨きをすれば磨き残しのない完璧な磨きです。
左奥歯から歯の裏側、オモテ面とぐるりと一周回っても磨いてもたっぷりな時間。
天井を見上げながらの1・2・3・1・2・3のリズムはミュージックです。
もしやこれ。
明日の一日一文章トレーニングのネタができてシメシメ思っておりましたが、いざっ!文章を書き始めるとそれが間違いだったことに気づきます。
単にお風呂で歯磨きするだけで一文章を書くとことは無理。
ただそこには湯気で霞んだぼんやり空間があるだけです。
私の頭の中にはカピパラが仏頂面で温泉に浸かっている姿が瞼に浮かびます。(あ〜ビバビバ♪)
そういえば、デスストDC版の温泉に「あ〜ビバビバ♪」がなくなりました。
温泉やサウナで物語を考えられる人達とは多分お風呂が好きな人たちです。
私は温泉とかお風呂とかがあまり好きではないのですが、どんなに酔っぱらっても、どんなに疲労していても毎日気合でお風呂に入ります。
なのに、温泉好きを公言している人たちの中には毎日お風呂に入らない話も多々聞きます。
お風呂嫌いの横着人が毎日お風呂に入り、「ふぁ〜温泉最高〜」って言っている几帳面そうな人たちが毎日お風呂に入らないことは矛盾です。
世の中とは本当によくわからないものであります。
お風呂はそんなに好きではありませんが、一日降り積もった邪気や汚れの痕跡が洗い流されて快適にはなります。

ということで。

最近、少し前からWindowsパソコンのデスクトップにEdgeのショートカットが勝手に保存されます。
当然邪魔なので削除。
ですが、しばらくするとまた再びEdgeアイコンがデスクトップに復活します。(2回)
バックグラウンドで動く何かしらの動作の度に痕跡を残していくことは気持ち悪いことです。
明らかに見えるデスクトップな位置に痕跡を残すというのは明確な意図がないとやらない行為です。
もともと全く使用していませんが更新がある度に痕跡を残していくEdgeとは鬱陶しいのでOnedrive同様にアンインストールしようと思ったらこれはアンインストールできないみたい。(コワ)
Windows10でもアンインストールできませんでした。
これは単なるブラウザではなくてWindowsの基幹システムと結び付いているのかもしれません。
Onedriveで保存データをEdgeで検索データを収集する窓とは何とやら、令和5年インフレが進行すると読みでWindows11ノートを買いましたが少し早とちりだったのかもしれません。
たぶん、今、私の考える最高の機材はiPad(Pro)一択です。

 
■2023年1月24日(火)
■アンダーグランド〜モグラ。
■2023年1月25日(水)
■一日一文章トレーニング。

「ぼくモグラ」

 昨日はビュービューと夕方から電線を激しく揺らす冷たい風が吹き込みます。多分、今朝の不忍池は凍っていることでしょう。そんな寒い中、暖かい布団のうずくまっているとまるでモグラみたいな気分です。最近、とても気になるモグラ。私はなぜそんなにもモグラが惹かれるのでしょうか?暖かい地中から顔を出して空を眺めるモグラ。布団からちょこんと顔を出して冷え切った部屋の天井を見ていると、お風呂場の歯磨き風景がデジャブのように重なります。私がモグラな気分とはちょっとヤバ目な感じです。布団は1枚よりも2枚重ねた方がより暖かく、程良い重みと程良い暖かさ。土に囲まれた空間ももしかしたらとても快適な空間なのかもしれません。そんな布団にくるまった体はとても寒くて丸まって「さぁ起きよう」と思っているのですが顔が寒くないのはちょっと変。最近の足や首の冷え性は体が寒さに慣れてきたのか?前よりも随分鈍感です。要は寒さの慣れなのかもしれません。体とはその環境に応じて徐々に慣れていくものであります。

なので?

 モグラについて考える必要があります。随分と前のことですがモグラ博士の勉強会にお邪魔したことがあります。残念なことに当時の私はモグラに1ミリも興味はありません。変わった動物が世の中にはいるものだとの認識ではありますがナマズやドジョウ、うなぎなどの水底に住む生物が好きなように土の中に住むモグラにも若干の興味はあります。モグラとは一生土の中で生活するネズミ系の哺乳類で土の中にいるが故に太陽のサイクルなんて全くの関係なし。3〜4時間で寝たり起きたりしながら活動しています。今考えると私たちの目に触れない地底世界で私たちとは別時間なサイクルで生活している生物がいることは興味深い。夜行性だとやっぱり太陽の影響を受けていることを意味するので3時間活動したら3時間寝て、また3時間後に活動を始める知人がいると考えたならば別次元すぎて面白すぎます。多様性社会の信奉者たちは目の前に太陽サイクルを完全に無視して活動するモグラ人間のような行動を目にした時でも、それでも多様性云々と言っていられるのでしょうか。授業では日本にはモグラは8種類生息していて主に2大勢力のアズマモグラとコウベモグラが勢力図を競っております。コウベモグラは大陸由来の大型のモグラ。すでに西日本及び九州、四国を平定しています。関東平野や東北にはアズマモグラの拠点がありコウベモグラは箱根の山を越えることができないようで今はその辺りを境に棲み分けが行われています。同じ島国のイギリスには1種類のモグラしかがいなくてヨーロッパでも5種類しかいないことを考えれば日本列島はモグラ天国であることに間違いありません。今日も明日も私たちの足元の地下にはもぐもぐ地下を掘り進むモグラたちがいます。もぐらに似た地中生物にはヒミズという生物もいます。ヒミズは果物などの植物も食べる雑食性の動物で時折、地上に出てきて地面を歩くこともあるようです。もぐらの発見談のほとんどはこのヒミズだと言われています。ヒミズは尻尾が長いのが特徴でモグラとの大きな違いです。いわばハイブリットな地底の住人です。一方のモグラは肉食性で毛並みがすごく気持ち良い短い毛で、前後に進める短い尻尾と大きくて頑丈な手、ちょこちょこと動く触覚器官でもある鼻と土が入らないように口も2重構造になった生物で地下世界から一生地上に上がってきません。

 もぐらとネズミもともと同じ仲間ではありますが「オレは土を掘るのが好きだ〜」と土を掘り続けていたら地底世界の住人となってしまったのがモグラ。そんな穴を掘り続ける人と穴掘りを程々でやめる人の「分岐点」というのは少し気になります。経済で言うとアベノミクスがモルヒネ中毒な経済の分岐点。人生の分岐点というのも人によってはあるのかもしれなくて、直近のテーマは「分岐点」で探っていきましょう。

 
■2023年1月25日(水)
■モグラのスイミング。
■2023年1月26日(木)
■一日一文章トレーニング。

「人生長すぎるが故にベーコン焼くのに焦るべからず」

食への飽くなき追及。
それは人生をより良く生きる為のスパイスであり。
そんなスパイスを求める収奪的な歴史でもある。
人生100年謳われる今、食の時間もますます増えています。
長すぎる一生にヘンテコな家庭料理をこさえることは楽しきこと也。
それは飽きた味の新しい味海図となるのかもしれなくて。
誰もが通る失敗道とは今日も一味変える料理道なのら。
by横着山人(?)

 飽きた朝食に変化をつける為にここ最近、毎朝カリカリベーコンに挑戦しています。ネットの達人たちが残してくれている秘伝のレシピ通りにカリカリベーコンを作るのですが、私の理想に思うベーコンの食感とは何かが違う。何が違うかと言うと全部違う。結論を話すとベーコンの種類が違うのではないかと考えに至る。カリカリベーコンは技術の問題ではなくてカリカリするベーコンが入手できないので作れないという魂胆。(技術の問題ではない素材の問題)アメリカでステーキ肉を頼んだら一人で食べきれない程の厚切りステーキの上や横に何故か厚切りのこれまた大きなカリカリベーコンが載っているアレ!!何でステーキにベーコンを載せるのか?という下品な組み合わせに私の美学が反発します。ですが食べたらやっぱり美味しくてステーキにベーコンは必須だと思います。お醤油や塩で食べる日本のステーキだとちょっとカリカリベーコンの突合せはやんちゃすぎるかもしれません。「肉on肉」とはバスケットでいうところの「3on3」みたいな感じです。たぶん。そんなカリカリのアレはそれに適したベーコンをゲットしないと作ることはできないので先ずは食材を入手する必要があります。当然、我らが日々通う街のスーパーで売られていないことは確認済み。ベーコン探しの旅に出る必要があります。カリカリベーコン道とは人生100年の長い人生で取り組む課題です。皆、何でもすぐにグーグル先生に頼ってすぐな結果を追い求めすぎです。「カリカリベーコン道」とは人生100年の長いスパンで理想のカリカリを求める旅です。ですが、さっそく明日カリカリな噂を聞いて新手のスーパーに走っていたらm(__)mT。逆説的に考えれば文章ネタとして書いているのでカリカリベーコンとは火急の懸案ではないので長いスパンで取組みましょう。

 毎朝毎朝、油のひかない弱火でベーコンをコトコト炒めているとベーコン焼きあがるまでに、とてつもなく長い時間がかかります。とりあえず、一瞬でペロリと平らげてしまうベーコンに対して作る手間が長すぎます。だからといって強火で一気にベーコンを焼くと油ギトギトの少し味の落ちたベーコンになります。辛抱強く横着心を抑えながらちびちび焼いたベーコンをおにぎりに巻くと、いやはや美味。やっぱりご飯にはお肉が美味しい。タップリのベーコンだと美味しさも増し増しになるのかもしれないので、白い飯が見えないぐらいにベーコンでグルグル巻きたい。これは私の求めるカリカリベーコンの味ではないのですが、水分の抜けた生ハムみたいな、なんちゃってカリカリベーコン巻きのおにぎりとは結構イケます。それなり美味しいとは思うのですが、私の味覚は自分で作る料理マジックなところが多分に大きいので誰でも美味しいものでもありません(?)。しかし、これだけは確かなことがあります。それは今日もベーコンネタで何とか一文章を書くことができました。そして、おいしいベーコンおにぎりを食べられたことにも感謝。ベーコンに感謝。ベーコン以外の誰にも感謝はしていませんが美味しいベーコンに今とても感謝しています。

 
■2023年1月26日(木)
■モグラのおにぎり。
■2023年1月27日(金)
■一日一文章トレーニング。

「量が良しとは言えませんが、量がないと空間は埋まりません」

 昨日、ワード5ページ約4800文字を一気に書いた。昔ならワード1ページ書いたら休憩、若しくは明日に回してしまえという横着心が現れ出るところを一気に5ページ書けた。文章を書き進める為に机に座り続けることの限界が5ページ。それでも、やっぱり、5ページ目以降には書き続けることのできない限界はやって来ます。それは構成(設計図)の範囲が途切れた限界でもあります。ですが「だだだ〜」と何かに憑依されて筆が進むのではなくて自分の足腰と胆力で書いての5ページであります。構成をもっと具体的にしっかりと詰めることができたならば10ページでも20ページでも書き進められたかもしれません。以前なら1ページ書くことさえヘトヘトとなっていたところを5倍に拡大できたことは「一日一文章トレーニング」の訓練の賜物です。最近、文章を毎日書くことで文章自体も分裂気味。文章をたくさん書くことで逆に下手になってきた感じもします。おまけに、将来のAI時代到来で何でも電卓を叩くように何かの創作物を作ってくれる時代は近いです。なぜ?今さら文章や絵を描くことを訓練するの?というのが世の中の風潮です。そう考えると、毎日「一日一文章トレーニング」するというのは一種のアタオカ的な行動です。私は好きだから書いている(描いている)と言っておりますが、本心で「本当に好きか?」と問われるとよくわかりません。あまり好きでもないかもしれませんし、習慣や修行な面も大きいかもしれない。頭の中で文章構成を構築することはAIそのものの思考回路かもしれなくて、それでいてAIよりも数百倍書くのが遅い。脱字誤字、あーじゃない、こうでもないと迷い迷子になりながら書いています。これは何でもキレイな印刷物が溢れる世の中で版ズレ印刷機をガシガシと廻すことに似ています。ですが、版ズレ印刷「いいね!」みたいな私みたいな人間も若干いるのも事実です。パンデミック期間中のお家時間で暇だから久しぶりに書き始めた文章を書く習慣が今も続いている感じ。こういうブログ的なものは初めてのことではなくブログという言葉が生まれる以前からずーっと何か書き続けていることでもあります。ある意味その手のプロよりもその期間は長いかもしれません。炎上という言葉がまだない時代にモノマネ社会的な内容を書いてアップしたら誰かの琴線に触れたこともあります。社会の本質的ことを書いたら関係ない人達がなぜ?怒るのか?それは不思議なことではありますが、確かにモノマネという単語には誰しも後ろめたさはあるものです。自分の創作物は自分一人で成り立っているものではありません。私でも街で誰かの素敵な服装に憧れて物真似たり、ビジネスでもこういうのはいいなと真似ることは多々あります。私はあの時代から人を怒らせるのは得意で、やっぱりあの時代の風潮があってこその今の停滞な日本の経済が表れ出ているような気もします。永遠に社会や国民性とはこんな感じであろうとも思います。逆に何から何まで刷新するみたいな方がちょっと怖い。ですが、ガチガチの安定社会に突入するとこれ以上の発展は見込めないものでもあります。その意味の民主主義でもあり、ある程度の不安定さは社会の流動性に於いては必要悪でもあるとも考えられます。文章とは道のない道を書き進めることです。海図を開き、船を最終的な目的地の港に届けるような感じです。勿論、船を操作したことはないので机上演習みたいな妄想海図。とはいえ、AIが解答の反応を作ることも海図の道標を書くことに似ております。AIさんよりも良い面はほとんどないかもしれませんが一気に5ページ書くことができたことは訓練の成果であります。

 
■2023年1月27日(金)
■もぐらの穴掘り。
■2023年1月28日(土)
■一日一文章トレーニング。

「文字で埋め尽くす」

空間を埋める文字の羅列とは自己満足させる何かがあります。
それは紙面を埋める努力の可視化。
一旦文字を埋め始めるとそれなりの中毒性はあります。
実際に文字で空間を埋め尽くす内容が何であろうとも、たっぷりと埋め尽くすことができれば、それなりの情報満載感があり満足。
それに加えて「文字文字文字」で埋め尽くされた文章には格式や威厳のようなものを感じることもできます。
同時にそのような文字の山に対する拒否反応もありますが。

例えば、

海外に行くと電車に乗ると分厚いペーパーバックを読む人たちをよく見かけます。
小さな活字がぎっしりと詰まった分厚い本は日本の薄い本とは異なり、私から見れば辞書を持ち歩いているような感じです。
表音文字の言葉とは子供でも読めるかもしれなくて、表意文字の漢字程の難しさはないかもしれませんが「文字文字文字」の小さな文字で埋め尽くされた分厚い本を持ち歩く人にはそれなりの尊敬を感じます。

以前、海外取引先の人が日本の電車乗ったならばスーツを着たビジネスマンが皆、漫画を読んでいたということで「この国はどうなっているのか?」と不思議がっておりました。
私は「あなたの子供たちの時代になると皆電車の中で漫画読むようになるのかも」と予言者のようなことを話しましたが、現実の今はスマホ片手に斯く斯くの如しです。
時代とは常に予想の数歩先を走るものです。
最近は外国に行っていないので、わかりませんが海外でも皆スマホなのでしょうか。
日本とはステレオタイプ的には保守的な社会のように思えますが移動公共スペースの国民性などを垣間見れば必ずしも保守的であるとは思えません。
欧米人の方が他人からどのように見られるのか等の体裁を100倍気にしているように思います。
満員電車の中とは苦痛そのもので。
満員電車で知らない誰かと目が合うぐらいならスマホに見ている方が100倍マシ。
漫画や携帯の別世界に逃げたいという人の気持ちは至極当然のことのように思われます。
満員電車でも文字ぎっしり活字を読める人というのは、たぶん文章から様々なイメージを広げることのできる感性豊かな人だと思います。

ところで。

新しいノーパソを買ってからはついついWindowsの怪しい挙動を警戒しています。
先日ワードの起動表記が「Microsoft 365」になっているのを発見しました。
私は「Office Home & Businees」を購入して使っているので「Microsoft 365」にサブスクに加入した覚えはありません。
「どういうことなの?」
と調べたら「Microsoft 365」の項目は削除で「Office Home & Businees」が有効になっていたのでたぶん大丈夫と思います。
また
「Microsoft 365」利用だと常時ネット接続のクラウド保存しかできないようなので、自前のパソコンのHDに保存できるということは大丈夫なのだと思います。(知らんけど)
これらを調べるだけでも2時間以上かかりました。
映画を1本を十分観ることのできる時間です。

ということで。

Windowsのバックグラウンド現象3点セットが揃いました。
1)「OneDrive(削除)」
同期をOFFにしないとパソコン上のファイルが勝手にクラウド上にアップされる機能。
もし仮に個人アカウントで会社等にアクセスしてしまうと恥ずかしいパソコンのファイルを皆で共有してしまうかもしれません。
2)「Edge(削除できないので使用していない)」
足跡を残していったのでサインオフした。
3)「Microsoft 365(?)」
アプリの名前が変わっていたのでサインオフした。

以前の私は生粋のアップル使いでした。
MacintoshからWindowsに乗り換えた理由は余計なお金ばかりかかること。
それでなくとも高額なのに、あれやこれやとお金ばっかり必要になり乗り換えしました。

当時のPower Macのこと。
1)「OSの更新ごとにソフトが使えなくなる。(ソフト買い替えにお金)」
2)「ソフトを使用する為にOSアップやCPUをアップグレード(お金がお金がさらに出ていく)」
3)「周辺機器がどれも高額(お金)」
とりあえず、「お金お金お金」かかるので流石に嫌になってWindowsに乗り換えしました。
なので、アップル信者とは私の中では金食い虫であったPower Macを乗り越えることができた勇者な人達です。
私は脱落者。
でも、iPadはすごくお気に入りです。

ですが、

今のWindowsにはあの頃のMacintoshの「お金お金お金」な感じを思い出させます。
そして、その悪質さはパリピーリンゴの「金やで」みたいな単純さと異なって、何の告知もなくバックグラウンドの目に見えないところで徐々に進行している陰湿さを感じます。
アメリカの学校でもChrome OSを使っているらしいというのに「お金お金お金」に垂れ流していてこの国は本当に大丈夫なのかとも思います。

 
■2023年1月28日(土)
■赤と黄。
■2023年1月29日(日)
■一日一文章トレーニング。

「足の小指はうっ血してニューパソは真っ白です」

昨晩、右足の小指がしもやけに。
雪遊びをした訳でもないのに小学生のような気分。
赤くほんのり腫れた小指に尖ったシャーペンのペン先をツンツンと刺激すると痛ッ気持ち良いあの感じはすこす懐かしい事柄です。
「しもやけ」を辞書で調べると。

霜焼けは軽い凍傷。
寒さの為に一時的に貧血を起こしうっ血、赤褐色に腫れて痒くなる。

とある。

因みに、うっ血とは何かと言われるとよくわからないのでこれまた調べると。

体の一部や臓器で静脈性の血液が多くなった状態。
その部分は赤紫色に膨れて温度も下がる。

正に「しもやけ」状態。
「うっ血としもやけ」とは同じような症状です。
「しもやけ」とは「しもやんの夕焼け」みたいな感じ。
子供たちにとって「しもやけ」とは日が暮れるまで仲良く遊んだ友達みたいなものです。
私の小さい頃は皆「しもやけ」を作り、鼻を垂らして(私は垂らさないし、ほとんどの人も垂らしていませんが、でも一部にはいた)、顔にはたけ作る人もいて、走って転び血も流しますが「これはギリギリ水で洗い流せば大丈夫だ」などと言うゆるい生活でもありました。
東京に住んでいるとそのような景色は全く見ることない異世界の出来事です。
コンクリートの上で遊ぶ東京の子供たちとは、やっぱり都会っ子であると思います。
「しもやけ」の可愛らしいフレーズは凍傷の一歩手前でもあるようで、あまりよくない状態なのかもしれません。
今朝は暖かい布団で寝ることでやや薄っすらと濃いぐらいのピンク色にまで回復しました。
溜まって、うっ血していた血液は全てどこか然るべき場所に流れていったようです。

血(情報)の循環です。

情報というものもが継がなく血液のように循環するものであるとも考えられます。
一方で、
鴨長明・方丈記のような諸行無常に流れ過ぎ去っていくものもやっぱり情報です。
自分の中をぐるぐると循環する「血液型の情報」は血となり肉となり行動を司るものや哲学的な生き方や生活の知恵のようなものかもしれません。
「鴨長明型の情報」は目に触れて、そして、そのまま過去の出来事として流されていく、ほとんどの情報体はこの鴨長明型の情報だと思います。
どちらの方が健全的かと考えれば一つの情報(考え方)が溜まり続けて「うっ血」循環し続けることもとても不健康のように感じますし、常に右から左に受け流していくのも何かしらの問題性も感じます。

去年の年末に購入したNEWパソコンに古いパソコンから持ってくる必要性のあるファイルはほとんどありません。
ほとんどないと言うか全くない。(今稼働している案件だけ必要)
このことは毎度毎度、パソコンを買い替える時には同じことです。
パソコンの買い替えどころはファイルもデスクトップもゴミゴミとした状態から何かしらの不具合が出てきて乗り換えるサイクル。
新しいパソコンに必要なことは以前と同じように作業できる環境を作ること。
このような環境設定は何かをインストールしたり登録したりと面倒で嫌いです。
何かしらのトラブルや案件がない限り過去のデータを掘り起こすようなこともなく。
携帯であれば撮った写真の重要性はありますがパソコンデータとは一様に時折、外部保存していれば事足ります。
これは面白いことで、パソコンを一つの情報集積体と仮定した場合に新しいパソコンに古いデータを入れ直す必要性が感じられないことは、私のパソコンはほとんど見返すこともない「鴨長明型の情報」ばかりということになります。
※Onedriveは同期によって全てのパソコンの内容を常に同じ情報として固定しようとするアイデアです。

一日一文章トレーニングで文章と絵などを毎日作るとなれば過去作品など振り返っていれば先に進むことはできません。(進軍あるのみ)
自分が作ったものが何かしら循環するかと言えば、一般的に自分の中で循環しているものを出力することが文章を書くことになります。
そして、一度カタチとして出力されたものが再循環することはあまりないことでもあります。
出されたものはそのまま流れ出ていく感じです。
しかし、書いたものや、書きながら考えたことで考えが纏まるというのも、また文章を書くことの一つの役割で流れ出たものもどこか遠い未来で「よう久しぶりと」再び結びつくことも文章の面白さでもあります。
ゆえに、「吐き出されたもの」がそのまま諸行無常の如く儚く流れ去る「鴨長明型の情報」であるというのにも多少語弊があるようにも感じられます。
情報とは伝播、又は動いてこその情報であり、その意味では流れていくだけでも十分な意味を持つ情報である訳で、情報は時に循環したりしながらと何とも奇々怪々なるもの也。

ということで。

私のNEWパソコンは今、空っぽで真っ白な情報体です。
※この文章は旧パソコンで書きました。

 
■2023年1月29日(日)
■ボール。