■2022年1月1日(土)

賀正
新しい年を迎え皆様のご健康と
ご多幸をお祈りいたします
本年も宜しくお願い申し上げます
令和四年 元旦

 
■2022年1月5日(水)
■一日一文章トレーニング。

「Keep Simple」

なんだか。
年末年始は横着の極み。
食べては寝て、食べてはのそのそと何もしないことはお正月の生業とは言うものの「他の人たちはどんなお正月を過ごしているのかな?」と思うと、私のぐーたらなお正月が新しい時代を迎える中での次の時代の風に乗れない感じもして多少焦ります。
今朝もさぶくて寒くて布団から出ることはできませんでしたが何とか這い出て何かを書く。
久しぶりの文章とは何とも恐ろしくもあり、以前のように何かを書けるのかがとても不安、時間もかかります。
お正月のごろごろな横着は「先負けの初め事」のような概念です。
「先負け」の本来の意味から間違っているのかもしれませんが、そのような事には気にしません。
スコスでは何かを始める時「大安」とか運気の良さげな日から始めずに、必ず「先負け」からの事始めを開始します。
最初にたっぷり負けておいて後は坂道を登るだけの常勝軍団「若鷹ぐ〜ん〜だん」のような考え。
昔、スーパーで永遠に野球の若鷹軍団応援歌が流れていていやはや頭にへばり付きます。
耳からの侵食は困ったことです。
でも、結局は負け続けの人生、負け期間が長かったり勝ちなき負けだったりもしますが、多分、大丈夫?なんとかなるさw。

「一日一文章トレーニング」を続けることで分かったことは「文章を書く」ことは毒を吐き出すことであり、物を書くことで人は呪われます。
それを毎日続けることは危険なことです。
そのことは何もしない横着生活の中で特に強く感じられます。
恐らくこの世の中の物書きと言われる人たちのほとんどは文章を書くことでその概念に縛られ他の意見を拒絶し呪われているのではないかと思います。
ほぼ間違いないような気がします。

そういうことで、今年の文章は面白要素を入れるように書いていきたいと思います。
面白いことはなかなかハードルが高く難しいことですが、何かしらの要素を取り入れたいと思います。
最近、ネットから読み物まで、どこ見ても説教臭い文章で溢れております。(me too)
皆「もうええねん」と思っているはずです。
そこで、文章を短く簡潔に、面白く書けるようになれれば良いと思います。
簡潔に短くとか言いながら、文章もいつものように長く駄文は続きます。

ところで。

お正月期間中に新しい絵の描き方を考えました。
それは絵の空間配置を先に考えて、そこに絵を埋めていく試しです。
トリミングされる枠は最初から決まっているので、はじめから絵がない空間の位置を確定してから絵を埋めます。
これは始まりが「もの」有りきの絵ではなくて何もない空間から最初に絵を描きます。
私の好きな絵は大体、空間の大きなスペースがあり、そこに味のある絵が存在する感じとなります。
空間が描けるようになれば「一日一文章トレーニング」の絵にも幅が出るかも?です。

ということで、新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

 
■2022年1月5日(水)
■恐竜の口。
スペースから想像を膨らます・・・もう少し訓練が必要です。
■2022年1月6日(木)
■一日一文章トレーニング。

「キタイに期待なんて考えていたら思考停止」

空間から絵を描き始める方法の検証。
ここでの空間とは目に見えない気体が溜まる場所や「もの」の平坦な余白な部分を指す構図です。
キタイの絵は私の大好きな絵です。
早速、本棚からKITAJの画集を取り出しペラペラと頁をめくります。
ですが困ったことにキタイの絵には空間らしき顕著な空間は存在しません。
キャンパスを埋める色や線はノイズのようでもあり音楽で例えると蠱惑的(こわくてき)でロックな絵です。
さっそくweb検索するとキタイはコラージュに似せた手法で描かれた絵が特徴と書かれています。
納得。
とは言え、空間が全く存在しない訳ではないので何とか抽出します。
蛍光ピンク色で塗られた部分が多分、空間であろうと思われる部分。
なんとも複雑怪奇に見えますが空間は存在しているようです。
キタイさんは切り貼りしたオブジェクトを紙面に並べて構図を考えたのかもと想像できます。
その作業はパソコン上でのデジタル制作の作業に近いような感じがします。

空間は「もの」があり、はじめて認識される空間です。
「もの」を見た時にスッポリ抜け落ちる輪郭の外を拾い出して構図に落とし込む感覚なのでしょうか?
次はもう少し単純な絵からの解析に挑戦したいと思います。

 
■2022年1月6日(木)
■いやはや久しぶりの積雪。
ところで、空間が空白のままだと味気がないのでスペースを埋める模様を描きました。
モーション画像と同じような画風だと平面すぎるので異なる風合いに仕上げます。
これは後付けなので「空間から絵を完成させる」こととは異なります。

空間から絵を完成させる」とは。
キャンパス上にあらかじめ空間のカタチを設定することで、
そこから実際には目に見えない視覚的なイメージを創造してみよう!というアイデア。
通常は「もの」を描いていくことで空間が自然と形作られます。
「空間から絵を完成させる」はその反対で絵を逆再生するように描くことです。
そこにスペースがあるならば、その空間を構築するであろう対象物(もの)も空想・創造・予想することができるのでわ?という考え方。
サッカー選手が敵陣のスペースにボールを放り込んでゲームメーキングしていくような感じ。
しかし、実際に空間から絵を描こうと思うと頭の中の何かが発動する感じで手が止まり思考停止な状態となります。
脳のバグり不思議な感じではありますが、
何も存在しない「もの」をカタチに落とし込む作業となりますのでそれなりに大変なことなのかもしれません。
構図の概念が希薄なのでこの方法で幅を広げていくことができればラッキーです。

 
■2022年1月7日(金)
■一日一文章トレーニング。

「大雪の東京」

今年の冬は湿度計も「カラカラ」になることがそんなになく手肌の乾燥もそれほどに感じない冬ではありますが、
今朝は雪降って湿度が高い分、いつもよりも寒く感じることもありません。
なので、いつものように唸りながら布団を這い出ることもありません。
雪をバリバリ踏みつぶす車の音で目を覚まし、カラスが「Wa―Wa―」言いながら飛んでいきます。
夏の頃、カラスが家前で「カーカー」と鳴いていて、
試しにそれに答えるようにカラスの鳴き真似したら「カーカー」と返答が返ってきました。
それから時折カラスは「カーカー」とやって来て家前で鳴いています。(ガン無視)
カラスって本当になんだろうね。

昨日は4年ぶりの大雪で街はスキー場のようになりました。
いつも通りすがりに参拝する根津神社も美しく雪化粧。
雪で白く覆われるとどのような日常の景色も異次元世界。
いつも通る道の木々に雪が積もると角館の武家屋敷の雪道のように見えます。
また、本郷界隈は普段でも欧州のような佇まいはあるのですが雪が降るとさらにヘルシンキ感はアップします。

「雪の不忍池を見に行きたいな」とは思いますが初動が重い。
にゃー先生のようにフットワークが軽くなりたい。
雪にも防水性の高い登山靴は有能ですがパリパリに凍結した雪道は気をつけて歩かないといけません。

 
■2022年1月7日(金)
■トランペットを吹く人。
一連の「空間から絵を完成させる」方法で描きます。
1)空間であろう部分に抽象的な色と柄を埋める。
2)背景イメージから想像を膨らましてモーション画像を作り合成する。
■2022年1月8日(土)
■一日一文章トレーニング。

「そもそも空間って何?」

昨日、不忍池は一部凍結しており日当たりの良いところに鴨たちが集まっていました。
写真は「コサギ」と「カルガモ」。
積雪後の陽当りの良い場所には野良?なネコが日向ぼっこしています。
目を細めお地蔵さんのようにジッと固まりながら太陽の熱を吸収。
そんな光景が面白いので写真を撮ろうと近づきモゾモゾとカメラの準備をしていると逃げられます。
あんなに気持ちよさそうな顔で日向ぼっこしていた猫が「何か用か?」みたいな怪訝な表情をしています。
申し訳ない気分。
にゃー先生以外の猫には全く信認はありません。

ところで。

そもそも「空間」って何を意味する言葉なのでしょうか?
「スペースを制する者がその世界の空間を制御することができる」。
【初案】「空間」を思うように描けたならば、何でも思うように描けることと同義であると考えます。
ですが、実際に絵を描いてみると「空間」とは曖昧模糊とした存在です。
例えば、水道の蛇口を描くとして被写体やオブジェクトの外は全て「空間」となります。
ですが、よく観察してみると水道の後ろには洗剤があり壁があり、その他、諸々の汚れや水もあります。
それらを描くとしても多くの情報は余計な「もの」として省略排除されます。
そんな省略されて排除され認識しない「もの」が絵の世界の「空間」となります。
※3次元的な意味での空間もあります。
そうすれば、本来認識しない「空間」から絵を描く行為はとても可笑しな行為のようにも思えます。

そこで、大辞典で「空間」を調べます。

1) 上下左右前後に広がる果てしない広がり。
私たちの回りに広がる世界の「空間」一般論。

2)時間と共に物資の存在を基礎づける根本的な条件。
「そんなに哲学的な考えが必要なの?」と思いますが、絵を描く時に「もの」があるから「空間」が存在する。又、「空間」があるから「もの」が存在することに近いような気がします。

3) 一般的に点の集合体。
直線を1次元空間。
平面を2次元空間。
立体を3次元空間。
数学的に見れば空間の描き方は3種類あることがわかります。

4) 物体の配列・相互関係を表す量の総体を示す経験値的な概念。
これは点の集合体である「空間」よりも複雑な時空がうにゃうにゃ曲がったリーマン空間のようなもの。または時系列な経験的知見で得られた情報等の「空間」を定義していると解釈。(間違っていたらm(__)m)
何か手強い。
「空間」を認識することは何かとても難しいことです。

 
■2022年1月8日(土)
■1次元の線画空間から空想してオブジェクトを構築しました。
自作のBGM>>>音付き
■2022年1月9日(日)
■一日一文章トレーニング。

「空間と構図の研究」

と言うことで好きな写真や絵などの「空間」をラフ画で描きます。
「空間」だと思われる部分に蛍光ピンク色で色付け。
なんて無駄な作業なのでしょうか。
人生のムダ。
時間のムダ。
ムダ、ムダ、ムダ。
となるところですが、不思議なことに絵や写真の「空間」を意識することで製作者が描きたかったと思われることも浮き上がります。
よく美術館で作品の「意味がわからない」と思うことがあります。
私もそうです。
私の場合、基本、作品を判断する基準は白か黒かの「好きか」「嫌いか」しかありません。
大体の他の事柄でも「好きか」「嫌いか」は大きな割合で幅を利かせます。
作家の歴史的な背景やどのような意図をもって描かれているのかを知るには誰かの助言を聞いてなるほどと思います。
そんな時に作品の「空間」を意識することで画家や写真家、その他アーチストの描きたかったものが見えてくるとすれば、作品に何か一つの新しい見方を打ち立てることができます。
「空間を意識し製作者が表現したいものを見つける」ことは「目に見えていなかったものが見えてくる」感覚です。
「見えないものを見ること」は私の大きなテーマです。
意味がわからないものに遭遇した時には先ず「空間」を意識すれば表現者がその閉ざされた世界の中で何を伝えたい(表現したかった)と思っていたのか見えてくるような気がします。
前述のキタイさんは難易度が高いので難しいものもあります。
今度、美術館に行った時にはこの方法論で空間を意識して作品を見てみたいと思います。
「スペースを制する者がその世界の空間を制御することができる」の考えにはまだまだ可能性はあると思われます。
「空間」認識能力を高めれるように精進します。

 
■2022年1月9日(日)
■2次元の平面空間から想像を膨らませて隙間を覗き込む猫のモーションを作りました。


■2022年1月10日(月)
■一日一文章トレーニング。

「水準基標(2個目)」

2個目の水準基標を発見。
文字が擦り減ったマンホール板。
番号:下(5)・上野桜木二丁目9・藤屋豆腐店向側 ゲット!!
目印はお豆腐屋さんで信号を渡った先の歩道にあります。
何度か通ったことのある道ではありますが全然気づきません。
水準基標の場所は都のPDFからも確認できます。
うろうろと歩いて見つけるとなんだかうれしい。
歩くことチャリで走ること移動の目標や楽しみがあることは良いことです。
施設内や民有地内にも水準基標はあるようなので全部をコンプリートすることはムリかもしれませんが、暇つぶしに探したい。

 
■2022年1月10日(月)
■3次元立体空間からイメージを膨らまします。
ほぼ何も思いつかなかくて図形とにらめっこ。
ロ〜ング・ロ〜ング長い時間考えた。
立体空間が段々と調理場のように思えたので食材と作業風景を描きます。
次は同一モチーフで描き次元の異なる背景空間の違いを比較したいと思います。
■2022年1月11日(火)
■一日一文章トレーニング。

「植物界のお嬢に学ぶ」

我が家には植物界のお嬢がいる。
名前は知らないが見た目はどこから見ても熱帯の植物。
お嬢の許可なく写真は撮れないので絵を描く。
上部に葉っぱを伸ばし胴体は根っこのようなものを「うにゃうにゃ」と纏います。
姿を見ると石にされてしまうという伝説のメドゥーサの頭のような風貌。
当然、寒さに弱いので冬の寒い時期は日当たりの良い窓辺に鎮座します。
他の植物は冷たい雨や雪降る時もベランダで「のびのび」としています。
仲たがいする3兄弟のサボテンも相も変わらず仲たがいしていますが元気にやっています。

このお嬢は熱帯植物だと思うのですが夏の猛暑や強い日差しで「ぐったり」とします。
不思議。
仕方がないので夏の暑い時期もエアコンの効いた快適な室内で過ごします。
他の植物は猛暑の暑い時期でも野生のままに太陽の日差しを求めて枝を伸ばします。
台風の時は全ての植物は大移動しますが、このお嬢は快適な気候の時だけ外で過ごし、厳しい気候になると室内で「ぬくぬく」と過ごします。
外にいるのは快適な気温や環境の時だけ。
実際に我が家に来てから10年ぐらい経つのかもしれませんが10cmぐらい成長します。
この植物界のお嬢を見てなるほどと思うことがあります。
それは強く野生的に生き抜くことだけが生存戦力ではないことを示しているような気もします。
なまけもの(木の上の動物)然り。
お嬢のように弱みを見せることのできる演技力も必要です。
ダメージをうけた時には素直に目に見えるカタチでしんなり弱ることは良いことなのかもしれません。

 


■2022年1月11日(火)
■水槽のお魚。
1次空間。被写体面積をMAXにしました。空間映えは被写体の大きさに影響するような気がします。

■2022年1月12日(水)
■一日一文章トレーニング。

「オナガ(初観察)」

今朝は寒い。

ところで、今年に入り変わった鳥を2回見る。
頭が黒白で羽や尾の部分が薄いグレー、そして尾がとても長い鳥。
※塗り忘れ、クチバシは黒い。
カモメのような体のグレーな色が印象的。
最初はアジサシかな?と思うが明らかに水辺の鳥ではない。
ツバメよりも大きくてカラスよりも小さい。
群れでバッサバッサと飛ぶ大きめの鳥。
光の加減により飛ぶ時に羽の付け根に鮮やかな青色が見えます。
1回目は根津神社方向の歩道の木々で。
2回目は谷中霊園の墓場の木々を飛びます。
鳥の撮影は望遠カメラがないと撮影できないのでボケボケの携帯写真が一枚。
そのボケボケ拡大して調べると「オナガ」です。
初の観察。
歩きでないと鳥に気づきません。
歩くことにも良いことがあります。

 
■2022年1月12日(水)
■水槽のお魚。ガラスに写る私。
多分2次元であろう空間で構築。
■2022年1月13日(木)
■一日一文章トレーニング。

「三人列伝説」

朝が寒い。
足のつま先は最近、ずっと冷たい。
何か温足になる良い方法はないでのしょうか。
後で調べよう。

いやはや。
何も思いつかない中で何を書けるというのでしょうか。
何も思いつかなくなってからが真の「一日一文章トレーニング」の成果が試される時。
このような時の為にいろんな方法論や概念を考えてきた力業。

---111---111---111---

先日のこと。
一瞬のひとときの出来事。
人もまばらな住宅街の道を歩いていると前方から3人の大人が列を作り歩いてきます。
キレイな真っすぐの列。
先頭は細めの黒いコートを着た若い男。
フタの開いた段ボール抱えてにこやかに歩きます。
なぜか箱は高めに持たれているので中は見えません。
その後ろを程良い間隔を開けておばさんが続き、その後ろもおばさんです。
おばさんたちは生活感がある感じ。
3人の列は道の右端を真っすぐに歩きます。
箱には何が入っているのか?
なぜ箱が開いているのか?
なぜ大人が列を作って歩いているのか?
この3人の関係性は?
そもそも、この列は偶然できた列なのかもしれません。
列を作るものと言えば、子供は列を作り集団で歩きます。
若い集団は横に広がり道を塞ぎます。
これは会話があるので横に広がるのだと思います。
3人に会話は必要ないようなので縦に列を作る。
縦割りの会社みたいです。
何か仕事関係の人たちかもしれません。
押収物を運んでいる?
3人でガサ入れ?
WWW。
または、かわいい動物を運んでいる?
かわいい動物はみんなに見せたいと思います。
キケンな動物?
見られてはいけないもの。
もしかして3人は顔出しのヒーロー?
一仕事を終えて、箱の中には排除した邪悪なものの残骸が入っている。
一人の男と二人のおばさんは人知れず地球の危機に立ち向かうヒーローです。
物語が生まれました。

 
■2022年1月13日(木)
■水槽の外を眺めるお魚。(3次元空間)
■2022年1月14日(金)
■一日一文章トレーニング。

「足のつま先×だぼだぼ×高次元空間」

足のつま先が寒い件。
ネットで調べたら広告がイッパイ出てきました。
体を動かしていれば足元も温かいのですが寝る時はそうもいきません。
ネットに「もうええわ」と三行半。
だぼだぼの緩い靴下(毛糸製)を履いて寝る。
ピチピチの靴下だとリラックスできないので巨人の靴下のような大きなサイズの靴下を履きます。
だぼだぼ靴下の温かさで朝方に目覚めることもなく、めでたく1時間程の寝坊。
足元にキツネの尻尾があるような感じ。
モフモフの動物が足元で寝ていたら安心できるし暖かくて一石二鳥。
カイロのようなもので温めながら寝ると途中で暑くて目覚めたりするので、だぼだぼの靴下が正解でした。

ところで。

本日はお魚の同一モチーフで空間を描くことの高次元空間帯に挑戦します。
いよいよ来てしまいました。
3次元以上は絵にできないということが定説です。
私たちが認知できる世界は目を通した光で認識されているからです。
世の中にはコウモリのような電波(音)のようなものを発して空間を認識する生物もいます。
モフモフの目に見えない体温を感知してすり寄ってくる生物もいるかもしれません。
これは異なる次元を見ているような気がします。
「物体の配列・相互関係を表す量の総体を示す経験値的な概念」
時間ベクトル上の空間に経験上の電子分子的な記憶が残る情報の図書館。
高次元とは多分、私たちが見えないベクトルを足して描けば良いのかな?と思います。
次元が進めば空間も歪むのかもしれませんが、低次元空間だとレイヤーが重なるイメージ。
誰も見たことがないので好きに描けます。
でも、描けるかな?

 
■2022年1月14日(金)
■高次元空間を感じる水槽の魚。
ガラスに写った私が光の世界。その右側は高次元空間。空間の記憶が残り。肌を纏う何かしらのエネルギーの波長。何かムリ。
高次元な音付き>>>PLAY
■2022年1月15日(土)
■一日一文章トレーニング。

「だぼだぼ×空間×脱げる」

昨日は風の強い一日で湿度計も久しぶりの「カラカラ」。

さっそく、だぼだぼのソックス理論は破綻しました。

昨晩はだぼだぼの毛糸の靴下を履いて寝ます。
外はまだ真っ暗の朝6時前頃(※)に急激な足先の寒さで目が覚めます。
モフモフのソックス履いているのに足はとても冷たい。
布団から足が飛び出しているのかを確認しますが、足はすっぽり布団にくるまれております。
だぼだぼ靴下の効果は薄いのかもしれません。
旬なテーマの「空間」を足先に作ればその空間で温かな空気が保たれて温かくなるのでわと考えます。
足を使い器用に靴下をズらして、だぼだぼソックスの先端に適度な空間を作ります。
そして、再び深い眠入り。
2度寝のズボラな土曜日の朝、起きると足はポッカポッカ。
ほんのり汗をかく温かさで、朝方に震え起きたことがウソのよう。
でも、気付くと左足のだぼだぼソックスは脱げています。
どこにいったのでしょうか。
おそらく、布団の深淵に飲み込まれたのでしょう。
靴下が脱げるのは寝相が悪いせいでしょうか。
布団の中で寝ながら体をよく動かした?のかもしれません。
寝ながら布団の中で動けば血流も良くなり足も暖かになるはずです。
結局、寝相の悪い奴が血流も良くなるということになるのかもしれません。
寒さは天敵です。
※夏の朝なら、6時の目覚めで起きています。

 
■2022年1月15日(土)
■ロボット合唱団のレクイエム。
1)例のあれで自作音を作ります。
2)音から絵をイメージします。
3)絵を動かして動画にします。
ロボな音付き>>>PLAY
頑張って作った。
■2022年1月16日(日)
■一日一文章トレーニング。

「お気に入りの自慢」

1日1コーナー、1スペース、小さな一角をお片付け」で懐かしいものが出た。

■左からアメリカ・キャラクターのフィギュア。
ガチャガチャでゲットしたもの。
1回しかガチャっていないので、これ一つ。
何のキャラクターなのか?わかりません。
それにしてもこの着ているジャケットがかわいくて欲しい。
黒の白とオレンジのラインにでっかい大きな豹がいてステキ。
何か映画「ロイヤル・テネンバウムズ」を思い出させます。
久しぶりに観たいな。

■マウスのボール。
昔のマウスにはこのようなボールがマウスの中に入っておりアナログセンサーでモニター上の矢印を動かしていました。
ボールにゴミが付くので時折、中を開封して掃除が必要。
ボールの重さも32gとかなりの重量がありゴムなのに全くバウンドしません。
ズドンって感じ。
ゴールドを持った時に小さいのに見た目以上の重さがあるのに似ています。

フィギュア:22g
マウスのボール:32g
サンゴの欠片:8g

■サンゴの欠片。
どこかの海で拾ったサンゴの欠片。
海に行くとキレイな石や貝殻、サンゴなど落ちていそうに思いますが、そのようなものは何も落ちていないのが海です。
そんな中で奇跡的に見つけたYの字のサンゴ。
無数の小さな穴があり、小さい頃はその小さな穴を気持ち悪くも思っていましたが、今見ると全然気にならないレベルの穴です。
子供の視力は怖いです。

 
■2022年1月16日(日)
■おしゃべりな鳥。
音から絵を作る。
1)先ず音を作る。
2)音から世界をイメージする。
3)モーション付けて動かす。
ピーチクパーチクな音付き>>>PLAY
■2022年1月17日(月)
■一日一文章トレーニング。

「耳」

人は耳を使い滅ぶことはありませんが、口から発する言葉のよって滅ぶことはあります。
「口は災いの元」耳を高い所に置いて無口でいることは昔の人の知恵であり生存戦略の一つです。

ところで。

「目」は見ようとして見る(能動的)。
「耳」は聞こえてくるものを受け取る(受動的)。
※一般的に。

ここ最近、視覚的な空間から想像を膨らます方法と「音」からイメージを膨らます方法の2種類の方法を試しました。
「目」から想像することよりも「音」からイメージする方が明らかに容易です。
イメージを膨らませて考えることの両者に相違はありませんが「音」は見えるものに影響を受けずに自由に発想できます。
※個人的な感覚。
「目」は常に三次元立体視で対象物を捕らえます。
そこにある空間は日常の風景であり見たものは常に現実。
視覚的に見たものはダイレクトな確証。
一方、「音」から得た情報は危険なものなのか何なのか頭の中のフィルターを経由するような感覚。
例えば、自分に対する噂話を聞いたとすると、頭の中でいろんな妄想を組み立てることは容易です。
「音」から入ってくるものは「目」から取得する情報よりも不確かな分、野生のセンサーが働くような気がします。
私の場合は「音」からイメージすることの方が「目」から見えるものからイメージするよりも自由で簡単です。
できることならば耳は3つぐらい持ちたいものです。

 
■2022年1月17日(月)
■音を視覚化。
■2022年1月18日(火)
■一日一文章トレーニング。

「数の子」

昨晩は満月。
※18日の今夜が本当の満月。
ビルの谷間から濃い黄色のお月さまが顔を出します。
犬でなくても遠吠えしたくなるような真ん丸なお月。
星読み師によると1月の満月はウルフムーン(狼月)と呼ばれるようです。
以前、占い研究してから占い記事がオススメに来るようになりました。
来なくてもいいと思うのですが来たら読んでしまいます。
都会にいると月の明るさを感じることはありませんが、外灯も少ない場所に行くと月の灯りに目が慣れて昼間のように隅々まで見えるようになります。
あんなに小さな面積での反射でも明るいということは地球の軌道上にパネルを並べてエネルギー回収というのも、それ程SF事ではないのかもしれません。

ところで。

お正月の余り物、大好物の「数の子」を塩抜きにしました。
余り物と言ってもワザと余らせた数の子。
毎年、お正月も終わった頃にプチプチ・ボリボリと数の子を食べることが密かな楽しみ。
最後に残すステーキみたいなもの。
今回の数の子は初めて見る薄皮むき不要の数の子。
薄皮がないので冷たい水の中で皮をスリスリ剥く必要がないのでとても便利。
幼少の頃、数の子の薄皮を剥くのを頼まれて、温かなお湯でむいていると数の子が変色したことがあります。
冷たい思いをして下調理した先においしい数の子があります。

ネットで調べると、数の子はニシンの卵で食べ方としては塩漬け、味付け、天日干しの3種類の食べ方があるようです。
私の中では味付きの数の子は邪道中の邪道で完全なる塩漬け派です。
数の子には何も手を入れないで、かつお節だけで数の子を食すことが理想的。
ですが、料理人からすると何か手を入れないと気が進まないことだとは思います。
天日干しの数の子は食べたことがありません。
存在も今朝まで知りませんでした。

また、

かの魯山人が数の子のことを「音を食うもの」と表現しているようです。
この文章を読む限り褒めているのか貶しているのかわかりません。
確かに、数の子は他のどの料理にも相性はよくないような気がします。
スタンドアローン・単独で喰らうもの。
酒のつまみ。
ごはんのおかずにはあわない。
ドロッとした餡かけ料理にはあいそうな気もします。
言わば、塩気と食感です。
一家に一人、魯山人のようなグルメ倶楽部がいると面倒なことになります。

 
■2022年1月18日(火)
■ノープラン。犬と月と数の子。
■2022年1月19日(水)
■一日一文章トレーニング。

「筋肉痛」

■文章

毎日、文章を書いても特に上手くならない。
文豪の文章などを読むと個性があり面白いが、そのような文章は書けないので考えるだけ無駄。
そんなことよりも文章にする為の内容を考えて、話の構成を考えるだけで手一杯。
文章は伝えたいたった一つのことを書いているだけでは体を成さない。
欲張りなので2個・3個と話は欲しいので、明日用の取り置き話もそのまま書く。
砂浜に押し寄せる波にように、明日の朝には何かの波はやって来るかもしれない。
これは終わりのない筋トレ。
文章を書くことは体内の定規。
溢れる嘘八百に流されぬ為のスケール。
孤独な一人だけの道しるべ。
自由のカタチ。

■絵

もともとこのような絵は好き。
昔、お店がお休みの時に貼り出していたお知らせの紙。
これは捨てられない。
ゆるい。
線が太い。
適当な(絵)。
最近、描くものも適当な(絵)。
時間をかけない。
作り直しはしない。
文章と同じで毎日、描くものを考える。
そして、ビーチにいたとしても絵を描くテーマはやって来ない。
文章との連携で初めて絞り出すことのできる筋トレ。
どちらかが太陽でどちらかが月。
絵を描くことは個性や表現。
時折、満足。
白紙を埋める自分のカタチ。

 
■2022年1月19日(水)
■太い線。ヘビ・猫・ネズミ。
■2022年1月20日(木)
■一日一文章トレーニング。

「五目」

「節分天井・彼岸底」。
株価は節分まで上昇して彼岸で底を打つという証券用語の言い伝え。
新しい資本主義という言葉がメディアに躍り出る度に株価は順調に下っているような気もします。
分配は今も昔も政治の仕事。椀飯振舞なコロナの補助金分配はひどく偏りはあるような気がするものの。これが現実の分配だと言うことで今や多くの業種が補助金期待の上での官製経済に陥った感じもします。一度、補助金漬けになった業界はイノベーションが終わり停滞すると昔、誰かが話していましたが果たしてどのような結末になるのでしょうか?どうせ新しいなんちゃらも内容が固まっていないのならば、そのような不吉な言葉を使うよりもWeb3.0のように資本主義3.0などとシステムのバージョンアップなネーミングの方が皆、中身がよくわからないけど「はぁ〜何かすごいね」な感じもします。

さて。

昨日、街の中華料理屋さんで持ち帰りの「五目かた焼きそば」を注文したら面白いビジュアルでした。
パリパリの焼きそばがそのままビニール袋に入っています。
ところで、「五目」って何?と言うことで調べると、ごちゃごちゃと様々なものが混じり合った状態を意味するようです。
私的には「五目な経済」の方が良いですね。

 
■2022年1月20日(木)
■「猫ソング」を作ったヨ。
音付き>>>PLAY
■2022年1月21日(金)
■一日一文章トレーニング。

「音作り」

予約しているRoland SP-404MK2は入荷のメドが立たないようなのでAkai MPK mini で音作り励みます。
正直なところ音というよりもむしろ人によっては耳障りな雑音でしかないようなものを公衆面前に晒して申し訳なく思います。
Akai MPK miniの使い方は相変わらずよくわかりません。
作った音を取り込む時には (Windowsマーク)+(G)を使い映像として音を取り込むレベル。
最初は作ったものをデータ保存していましたが最近はそれすら行いません。
再現不可能な一期一会の音。
家に響き渡る音楽とも言えない無茶苦茶な鍵盤叩き。
流石にヘッドホンは必須です。
時折生まれる「この感じいいね〜」を何とか暗記してRECボタンを押します。
しかし、根本的な音楽センスがないからリズム感、ドレミの記憶がすこす痛いので同じように弾けません。
お隣りの鍵盤も同時に押してしまうので自然とノイジーな感じに仕上がり。
でも音楽は人並み以上(ものすごく)に聴くのは好きなのです。
そこで指使いを鍵盤に数字のシールを貼って記録できるようにします。
ドは(1)レは(2)。
ドの上の黒い鍵盤は(1.5)。
ドレミではなく数字で記憶する。
カッコよかなマシンが台無。
小さい頃にピアノの教室に一瞬だけ通ったことがあります。
全く練習もしないので怒られるし、
その部屋に置いてある北海道マリモにしか興味を持っていないのでマリモのことばかりを考えていました。
そのような人間でも何か雑音らしきものでも音を作れるのだから何かすごいことです。
DAW職人や音大生が見たら真っ青なお話です。

■今までに理解した操作方法。

1)(Ctrl)+(Z)で失敗した音を消すことができる。
失敗したらその都度、アプリを終了して(New Project)を立ち上げていたので大進化。

2)(Oct-)(Oct+)で音質を変えることができる。
Octはオクターブの略らしい。
オクターブは聞いたことはありますが調べると「ドレミファソラシド」のことらしい。
このボタンを押すと音が変わり面白くなります。

3)(FULL LEVEL)をONにすると鍵盤の強弱なく一定の大きめの音が出る。
これは常にON。

現在、理解している操作方法は以上。
狂った猿のように鍵盤叩き、ドラムパッドを叩きます。
それでも何かができると面白い「邪蛇ジャーン♪」。

 
■2022年1月21日(金)
■ミュージックスタート。