■2021年10月1日(金)
■一日一文章トレーニング。

「包装紙」

コロナ禍で変えた習慣はたくさんあります。
その一つに小型の荷物を包装紙で包むように変えました。
包装紙に包まれた荷物は大きさやカタチにもよりますがお中元やお歳暮のようにも見える時もあります。
エモい柄やファンシーな柄、蛍光色といろんな模様で包みます。
最近スコスとは別受付の商品ですが1ヵ月ぐらい調査中で運送会社に保管状態であった荷物が戻ってきました。
驚いたことに戻って来た箱はキレイな状態のままでした。
段ボールのままの配送だと私たちの経験だと箱はボロボロになって戻ってきます。
中には包装紙が何かに引っかかり破れてしまった荷物もあるかもしれませんが、
包装紙に包まれていることで運送会社さんがキレイに扱っていただいたことが想像できます。
包装紙は開封する時に破られ捨てられる運命にあります。
でも薄紙1枚包まれるだけでかわいく華やかな見栄えになります。
また紙素材の触感があります。
「包む」という行為一つで紙の触感が手から手に伝播していくのかもしれません。
包装紙の包むという字が含まれる漢字を書き出してみる。
「包容・内包・包括・包含・抱擁・包帯・小包・梱包・包囲・包丁・・・」。
「包丁」!!唯一、包まない「包」を含む漢字。
「包丁」とにらめっこすると包まれたものを丁(偶数)に2分割するイメージが見えます。
「包」はやさしく又は強く包みこんだ後にその包みを破ります。

 
■2021年10月1日(金)
■・・・
■2021年10月2日(土)
■一日一文章トレーニング。

「スコスの夏休み」

もう秋ですが、「10月10日(日)〜10月17日(日)まで」夏休みに入ります。
上記期間中は出荷等遅れるかもしれませんので何卒よろしくお願いいたします。

 
■2021年10月2日(土)
■アルファベットの探究者のデザインを改良。
https://www.scos.gr.jp/Useing2021f.html#R030910MojiWalk
■2021年10月3日(日)
■一日一文章トレーニング。

「水」

冷たい水は美味しい。
キンキンに冷たければ冷たい程に水は美味しい。
冷たい山の湧き水も冷たいから美味しいのだろう。
雪解け水が岩に染み入り地層のフィルターを通ってろ過される。
そんな何層にもキレイに磨かれた水を想像すると水はもっと美味しくなる。
東京の水道水は意外と美味しい。
勿論、冷たく冷やさなければ美味しくない。
冷たくない常温の水道水はお薬を流し込む時の水である。
海外に行くと軟水硬水の違いでとんでもなく不味く感じる水もある。
そもそも水道水は飲めない国もある。
飲める水が蛇口をひねると出てくることは幸せなことです。
外国で飲むと美味しかった紅茶やコーヒーが日本の水で入れると異なる不味い味になることもある。
そんな時、シンプルに水の奥深さを感じる。
私にとって美味しい水は安心して飲めて冷たく冷やされた水である。
冷たい水の難点はコップに入れた時の温度差で多くの水滴を落とすこと。
冷たい水の置かれた机は通り雨の水溜まりである。
水溜まりが出来る前にさっさと飲むかコースターを置けば良い話でもある。

 
■2021年10月3日(日)
■観察中。
■2021年10月4日(月)
■一日一文章トレーニング。

「people シリーズ」

緊急事態宣言明けの週末はたくさんの人を見かけました。
メディアを通すと権力を持つ者、声の大きな人が世界を動かしているようにも見えます。
実際にそのような側面も大きいとは思います。
ですが世の中は誰かも知らない多くの人たちによって成り立ちます。
数が多い人々がおのおの自分が大切と思うことをすることは力であります。
道を歩く人、犬と散歩する人、インフラを動かす人、お店の人。
人にはそれぞれの世界があります。
毎日の生活ですれ違う印象に残る数人を記憶に残して絵に描く遊びを始めました。
数分以内で収まるラフな絵です。
まだ画風も定まらないので思案中となりますが、これは私が幼少から一人で行っていた「蚊撲滅運動」やその他の一人遊びと同じです。
勝手に世界を構築する人々をコレクションします。

 
■2021年10月4日(月)
■まだまだ暑い秋の公園を探索する3人。
■2021年10月5日(火)
■一日一文章トレーニング。

「デジタル化」

10月からスコスの日常業務をペーパーレス化。
iPad とアップルペンシルを使い画面上で進行します。
紙とペンを使い行うことと特に変化はありません。
特にミス防止の蛍光ペンのマーキングチェックと進行状況の記録が残されれば問題ありません。
使用頻度が減るものはコピー用紙とペンとプリンターインクと出力された書類を収納するファイル。
紙の書類は集積すると重いし場所も陣取るので物理的に溜まらないことは良い事です。
ただ過去書類をペラペラと探すことはできないのは不便かもしれませんが過去書類を遡る状況はほぼないです。
とりあえず、やってみないと分かりません。
少しずつ用途にあわせて改良します。

 
■2021年10月5日(火)
■五感を感じる野生を感じている。
■2021年10月6日(水)
■一日一文章トレーニング。

「ピープル画を思案中」

画風とは大きな問題。
スタイルが定まらないと雰囲気も定まらない。
でも絵を何枚か描いている内に方向性は見えてきます。
これは真に見えざる手。
ピープル画にとっての問題は目。
目の描き方で印象は大きく変わります。
アートっぽい目にすると自分らしくないし絵となります。
目はしっかりと描かないと人々にも生命が宿りません。
流行のアニメのようなキラキラした目を描こうと思っても描けない。
結局、丸に目玉の見たままの目が描ける限界です。

街ですれ違う印象に残る人々を記憶しようと思っても描く頃には忘れます。
その場で人の顔を見ながらメモ描きすると怪しい奴です。
全身全霊を傾け感じたその人の印象を頭の中で描くと若干記憶に残ります。
今は大体マスクしているので口は想像。
ターゲットの顔は一度忘却され記憶の線を辿りながら再構築されます。
いつの日か一つの街のように、たくさんの人々が集まれば可笑しなる光景になるでしょう。

・緊急事態明け営業の電話をかける女の人。
・駐車場で電話をかける工事関係者。
・お店の前で何やら独り言を言っている人。
・IDカードをぶら下げた人。
・歩く東大生。
・モフ脳。
・惑星キク。
・公園を探索する女の子二人。

 
■2021年10月6日(水)
■すれ違うAi Car 。
■2021年10月7日(木)
■一日一文章トレーニング。

「過去」

話す言語が違うと考え方も見る世界も全く異なるのではないかと思います。
例えば日本人にとっての過去は時の流れと共に過ぎていく過去。
過去は過去という時間性以外に区別することはありません。
過去は年輪のように継続して長く経験や記録としてのボリュームを蓄積します。
英語を話す人だとそんな過去を「過去完了形」と「現在完了形」などの時系列で分けて考えたりもします。
「現在完了形」は過去から今この瞬間に通じる影響を及ぼす過去。
「過去完了形」は今に通じない一定期間の過去から過去。
私たちにとっては同質の過去であっても話す言葉によっては別の捉え方をします。
何だか不思議で複雑な考え方です。
英語は今へと継続する過去を特に重要と考えるのかもしれません。
そんな過去を無意識に使い分けて話すことができる人たちがいることを知ると物事の捉え方は一つだけが正解ではないと感じます。

 
■2021年10月7日(木)
■時の流れ。
■2021年10月8日(金)
■一日一文章トレーニング。

「昨晩の地震」

昨晩の地震でボードゲームの箱が落ちました。
ボドゲの箱は表面がツルツルとしており滑りやすい。
また、プラモデルの箱並みに大きいのでかさばります。
置き方を考えないといけません。
落ちたものとゲームは
・カルカソンヌ(面白い)
・PAC−MAN(遊んだことがない)
・カタン(面白い)
・パンデミック(面白い)
・ファクトリーマネージャー(遊び方がわからない)
・トランプのコレクションボックス(良いもの)
https://www.scos.gr.jp/Useing2021d.html#R030729Trump

 
■2021年10月8日(金)
■天才数学者ピエール・シモン・ラプラス。
■2021年10月9日(土)
■一日一文章トレーニング。

「道」

1(明るいグレーの道)

2(道は日本を成すもの)

3(道を言問う)

言問通りの道が舗装工事で明るいグレー色になりました。
子供の玩具や絵本でもカラフルな道は鉄板です。
道が明るくカラフルになることは良い事です。
最近はほとんどの道に左車線の自転車道ができています。
意識なく走る車はまだまだ多いですが、ほとんどの自転車はそのラインを走っているような気がします。
進行マークの記号力は社会を動かすスゴイパワーを持っています。

ところで。

日本人にとって「道」は日本の精神を表す言葉の一つではないでしょうか。
「道」を辞書で調べる。
・人が行きかう道路。
・人としても道理。
・取るべき手段。
・専門分野。
・目的までの道理。
・教え。
など、様々な意味を持ちます。
剣道、弓道、茶道、書道に華道、伝統的ないろんな道があり「道」を究めることは美徳です。
私はそのような様式美の「道」に身を置いたことがないので何ともよくわかりませんが、
一つの場所や事柄が「道」としての様式美に昇華することはスゴイことだと思います。
いづれにしても日本人にとって「道」は大切なもので人を評価する基準の一つなのかもしれません。

毎日、みんな「道」を歩きます。
人の流れに逆らい歩くと煙たがられるので人の流れに沿って歩く。
人が行きかう東京駅のような大きな「道」は隕石を避けるゲームのように歩く。
それでも意外と秩序だった道の流れだったりもする。
前から歩いてくる人を避けるために右左と進路を変更する。
道なき道を開拓者する人も「道」を歩く。
道を急ぐ人も「道」を歩く。
ズレた道を歩む私も「道」を歩く。
子供なら近道する為に壁をよじ登るかもしれない。
大金持ちはヘリ通勤で道なき道を飛んでいるのかもしれない。
「道」を使わない漁師もいるかもしれない。

「道」を使うも使わないも「道」を究めることはスゴイことです。
そして一度出来た「道」を壊すことは大変です。
「道」を壊さないといけない状況はその人の「人生の道」を否定するようなことになるかもしれません。
「道」を究めることの美徳が社会状況の変化で変われない日本の閉そく性の一つの原因なのかもしれません。
言問通りで「道」について言問く。

 
■2021年10月9日(土)
■いろんな道。
■2021年10月10日(日)
■一日一文章トレーニング。

「お休み」

10月10日(日)〜17日(日)まで。
ホリデーで更新をお休みいたします。

 
■2021年10月18日(月)
■一日一文章トレーニング。

「おたけさん」

補修工事中の小竹橋(おたけばし)。
荒川区と足立区を結ぶ墨田川にかかる橋。
8ビットのブロックがカクカクと並びマインクラフトを彷彿させて面白い。
調べると橋の名前は江戸時代に足立区側にあった渡し船のお茶屋さんの看板娘「おたけさん」に由来。
どんな人だったのか知りませんが大きな橋の名前にもなってしまうスゴイ「おたけさん」。
たぶん美人だったのだと思う。
橋の名前になるぐらいだからとてつもなく愛されたお店の娘さん。
渡し船等のインフラ維持に多大な貢献をした人なのかもしれない。
お茶屋さんの隅っこに座った小さなおばあちゃんだったかもしれない。
令和の今日も明日もたくさんの人々を渡す「おたけさん」。
改修工事を終えるとまた美しい「小竹橋」となります。

 
■2021年10月18日(月)
■おたけばし。
■2021年10月19日(火)
■一日一文章トレーニング。

「お魚の気持ち」

This is the season for a change.
この季節は「Elliott Smith」や「Ronny Jordan」などの洋楽の紅葉する寂しげなサウンドが頭を走ります。
夏用の薄い布団だともう寒すぎたので昨晩冬用の布団を出しました。
冬用布団を出す作業は家庭内の一つの大きなイベント。
部屋中にホコリを舞いながら布団カバーを隅々に引っ張り紐で結んでセッティング。
いやはや面倒くさいですが暖かな重みのある羽毛布団に包まれると何か落ち着くものがあります。
もうすぐ冬です。

さて墨田川。

悠然と流れる墨田川にポチャンと響く水の音。
振り返ると水面にお魚が飛び跳ねた波紋が広がります。
再びお魚が飛び跳ねないかと川面を凝視していると「ポチャン」。
10p程の細長いお魚が飛び跳ねます。
魚がわざわざ生命を維持できない空気の世界に飛び出す理由は何なのか。
お魚の気持ちになって魚が水面をジャンプする理由を考えます。

目は魚眼レンズ。
各方面までよく見える。
でも水質は良くないので数メートル先を見通すことはできない。
ゴボゴボという水音と共に川の流れはゆっくり流れます。
目はギョロギョロとキラリと光る鱗を追いかける。
とびっきりの食事は突然やって来る。
または底の暗がりから大きな魚がひょっこり襲ってくるかもしれない。
上の水面は明るくて小さな小魚がたくさん泳いでいるが水面に近づくと小魚はとても素早いスピードで逃げてしまう。
また水面近くの水温はとても高く太陽の光が肌をヒリヒリと焼くように刺激する。
細長い魚は上空に見える青い空が何であるのかも気になる。
顔を出せども決して辿り着けない広い「無」。
細長い魚は淀んだ水底に勢いよく潜り真っすぐに小魚の群れに向かって飛び出した。
水しぶきが大きく立ち上がる。
空気の層を突っ切り、秋の強い日差しは肌を痛く刺激するがほんの一瞬の出来事である。
水面への着地は感じたことのない衝撃。
お口の中には数匹の小魚。
細長い魚は満足げに薄暗い水底へと帰って行きました。

何のことかな?なお話でした?

 
■2021年10月19日(火)
■驚き踊り食す。
■2021年10月20日(水)
■一日一文章トレーニング。

「イチョウの気持ち」

さて、だんだんと寒くなる毎日。
昨日の朝も今日の朝も雨が降って空気もヒンヤリ。
雨上がりの空気は洗われてとても美味しい。
最近、時折徒歩で事務所まで歩きます。
ただ長距離を歩くだけ。
毎日ではなく気が向いた時だけ。
万歩計で測ると往復12000〜13000歩。
時間はかかるしそれなりにしんどくは感じるけれども「歩いた〜」という満足感と疲労は満たされます。
概念作文やヘンテコ絵を深めることも良いのですが、歩くことの運動はそれよりも大切な事柄のように感じられます。
シティーランナーのように走ることは大変ですが、歩くだけならそのうちに目的地に到着します。
必要なのは時間だけです。

ところで。

いつも寄り道参拝している根津神社のイチョウの大木もだんだん薄く黄色く色づくようになりました。
少し前までは青々としていたので変化は突然に始まります。
目を上の方に向けると幹に横に伸びる数本の傷跡を発見できます。
さて、この傷跡は何でしょうか?
どう見ても人為的に付けたとしか思えないその傷について考えます。
イチョウの生育スピードは分かりませんがお侍さんが真剣や木刀で傷を付けた後ではないかと推測することもできます。
私も幼少の頃、鬱憤たまると庭のモチノキを竹刀で叩いておりました。
もちろん、木に傷一つ付くことはありません。
木々にとっては意味もなく叩かれることは迷惑な話です。
お侍さんも剣術稽古の後錬でイチョウの木にビシバシ打ち込んでいたかもしれません。
若しくは、傷が真っすぐではっきりしているので根津神社に陣を張るお侍さんが刀で斬る練習した後なのかもしれません。
幕末上野戦争の時、根津神社にも陣を張る状況はあったのでしょうか。
調べてみると幕府軍の徳川慶喜を警護する彰義隊の一部が根津神社にも陣を張っていたようです。
本郷のお山の下の窪地のような地形にあるので守りには全く適していないように感じます。

イチョウとって一日はとてもゆっくり。
太陽が出て太陽をたくさん浴びて寝る。
そんな生活をとても長い間続けている。
雨が降ると体が洗われて気持ち良い。
枝々の葉っぱまでたくさんの水分を吸収すると日光浴もMAX最高な気分。
身動きできない分、風が吹くと余計な枝が飛ばされて気持ち良い。
樹皮を覆う感覚でまわりの環境も感じることができる。
そんなある時、害虫も寄せ付けない吾輩にとても強い激痛が走る。
一人の男が刀物を使い幹に印を掘っている。
一の字である。
そして、長い月日がたったある日、男は再び一の字を掘る。
そんな月日が何回か続き男はもう現れなくなりました。
イチョウにとっては甚だ迷惑な思い出である。

人の一生はあっと言う間の出来事ですが木々の生涯は人の何倍も生きます。
人の傷も深く残りますが植物の傷も深く残り成長と共にだんだん上の方に登ります。
そもそもキズは木の成長と共に上に登るのでしょうか?
よくわからないけど、イチョウの傷を見てそんなことを想像しました。

■2021年10月20日(水)
■閑寂(かんじゃく)。
■2021年10月21日(木)
■一日一文章トレーニング。

「さよならニャー先生」

ニャー先生。
本名は「チョビ」という名前で「ねんねこ家」さんの猫でした。
10月11日の朝に息を引き取ったようです。
年齢は19歳、大往生です。
一昨日、ニャー先生がいる道で永眠のお知らせを見つけました。
悲しいです。

今まで尻尾フリフリの犬しか生活をしたことはなく猫に触れたことがありません。
なので、ニャー先生の猫模様も全然覚えられないというか認識できませんでした。
でも「こんにちは」と挨拶をするといつも「ニャー」とかわいい声で返答してくれますので「にゃーさん」だとすぐにわかります。
根津にいる他の猫に挨拶すると当然のガン無視なのでニャー先生は特別な存在でした。
最後に会ったのは2021年8月3日(火)で8月4日の記事にニャー先生の話題があります。

https://www.scos.gr.jp/Useing2021e.html#R030804NecoMichi

ニャー先生観察から気持ち良く生きる人生の生き方を学びました。

1)挨拶。
2)人なつっこさ。
3)フットワークが軽い。
4)小さなかわいい声。
5)その場所が特別な場所になる。

ニャー先生に出会ってからは2〜3年の挨拶を交わす新参者ではありましたが、いつも「ニャー」と会話できてうれしかったです。
出会えた時にはとても癒された楽しい気分になりました。
ありがとうございます。
ごゆっくりお休み下さい。

 
■2021年10月21日(木)
■にゃーさんの坂・魚。